さあ試合も大詰めです、九回裏ツーアウト一塁三塁、ツーストライクワンボール。
一発逆転もあり得るこの場面ですが…いやあ走者を出そうとも、今のこの人にはそれもまた一興、といったような感じでしょうか。
どんな逆境であっても楽しそうに嬉しそうにプレーするのがこの人です。
この一年で華奢な背中もぐっと大きく頼もしくなったように思えます。
なにはともあれ、その双肩にチームの優勝という重圧を背負い、この三連戦、いやこのシーズン全てにおいて見事投げ抜いた彼が、今その最後の一球を放たんとマウンドを踏みしめます。
あーいや果たして、最後とすることができるのでしょうか。ストレートでしょうか、得意のチェンジアップでくるか。
さあ大きく振りかぶって、…投げました!ああ、ストライク!ストライク三振、バッターアウト!
ど真ん中です、これはさすがにバッターも動けず呆然!158qの速球が、見事ミットを撃ち抜きました!
ああ、すごい、ものすごい歓声です、ドームいっぱい埋め尽くす観客から、最大級の賛辞が送られます。
ベンチから…ああ、一番に監督が駆け出してきましたね。これだからこのチームは面白い。
思い返してみれば、年若い新監督に大丈夫なのかと不安の声が大きかった当初、それが蓋を開けてみれば一位独走の快進撃でした。
さあ監督の胴上げです、一回、二回、三回…まだ舞います。
赤西監督が宙を舞い、エース投手亀梨がにこやかにそれを見つめています。
そこで脳内実況は途切れた。
それを夢で繰り広げていた張本人が目を覚ましたからだ。
亀梨はキングサイズのベッドから跳ねるように降り立ち、慌てて新聞を広げた。
掴んだ指先からぐしゃりと皺のよる新聞に、「おれも読むんだぞーてめえの握力考えろー」と眠そうな声がやんわりと非難した。
「か、んとく!」
「…はぁい」
「なあおれたち、勝ったよな!?」
年若いエースは、これが初めての優勝経験である。
新聞の一面、大きく踊るチーム名と優勝の文字、さらにはでかでかと自身の写真が載っているのを確認してさえ、一晩寝たらそれが夢と消えてしまったのではと不安でたまらないのも仕方がないことで。
それでも、昨晩は遅くまで祝賀会、さらにその後優勝祝いとして一頻り恋人らしい営みをして(連戦を投げ抜いてさらに奮起できる亀梨の体力に、多少舌を巻きはした)、さらに言うなら今朝もあと一時間もすればお互い取材やらなにやらでばたばたするというのだから、
もう少し平穏に寝かせておいてほしかったというのが赤西の正直なところである。
「昨日あんだけビール食らっといて、なぁにゆってんだ。おれなんかまぁだ目が痛い気がする」
「だ、よな。おれも。おれもだよ!やっぱり夢じゃないんだ、やった、やったな監督!」
「いーけど監督監督連呼すんなよ、オフのときはさぁー」
「うん、仁、仁ありがとう、ありがとうなおれを使ってくれて、信じてくれて、おれ仁を優勝させてあげられて、ほんと嬉しい!
仁すき、大好き。ずっとおれ、メジャーにもいかねえし、仁だけのエースでいるから、だからずっと一緒にいてくれな。仁、じん…」
「かずや、ちょ、落ち着け!朝からおまえテンションおっかしいって、っくく、」
自分より一回りも若い球団エースが可愛くて仕方がない赤西は、口では嗜めながらも、抱きつかれるがままにやけた顔を隠そうともしない。
亀梨はそれをいいことに赤西の首筋にぐりぐりと額を埋め、溢れそうな興奮をやり過ごしていた。嬉しいものは嬉しいのだ。
一晩経っても思わず不安になるほど嬉しくてしようがない。
投手にはあるまじき、亀梨はとても素直で純粋で、扱いやすい性格だった。
これは実は、とんでもないことだ。
プロ投手ともなれば、たいていは一癖も二癖もある頑固者というのが普通だが、彼はまったくそうではない、そうではないからこそ強かった。
なにせ駆け引きなど成立しないのだ。
純粋な努力にのみ裏打ちされた才能は、他の何にも邪魔されることなく、赤西への信頼だけを養分にまっすぐに伸びた。おそらくこれからも伸びて伸びて、伸び続けるだろう。
このような人材に、生涯のうち出会えた奇跡を赤西は噛みしめていた。
さらに言うなら、その奇跡の人が、震えながら自分に愛を告げてくるのだからたまらない。
監督と選手というのはいわば、教師と生徒のようなもので、同性だとか年齢だとかの前にまず良識として恋愛感情はありえない。
今となっては言い訳でしかないが、赤西としても当初は亀梨に手を出す気などこれっぽちもなかった。
ところが、まだ赤西がヘッドコーチだったころに、
それこそ高校を出て右も左もわからないドラフト下位選手、つまり亀梨は猛烈にアタックをかけたのだ。
好き好き大好きと呪文のように言われ続けて、
とうとう三年目の春には、彼の才能とともに恋愛関係も花開いた形だ。
亀梨は文字通り春が来たと、色恋に不調来すことなくその年のMVPを取る大躍進を遂げた。
あのイチローだって初めは、期待されない新人だったんだと、赤西は恋人の急成長を見てつくづく思う。
これは、今まで彼を指導したものがばかだったに過ぎない。むしろ、ここまで原石のまま残しておいてくれてどうも、とすら考えた。
光源氏もかくや、おかしな手癖の付くことなく、自分の思う通りに伸ばすことができたのだから。
若紫は今や、押しも押されもせぬ大スターだ。
じん、じんと首筋に纏わりつく若きスターを、右腕一本で抱えつつ、
とりあえずバスルームに向かう若き球団監督。
重くなったなーと赤西が嘯けば、筋肉付いただけだし!と頬をふくらます亀梨、
来季の年俸からこの後のインタビュー、果ては今夜の密会に至るまで、浮かれ上がった彼らの話題は尽きなかった。
なんとなくごーいんぐ見ながら書いた