出立の朝、冷厳な空気を切り裂くような太陽光が、

騎士のからだを温めた。


彼は今より、敵地へ赴く。

ひとり、たったひとり。

従者は国の境で供を外れ、隣国の馬の背に乗り、ひとり隣国の地を駆る。

国の王への謁見のため、彼はほとんど丸腰でそこへ乗り込む。

狂気の王と対峙する。

そして。

そして。


そこまで考えて、いてもたってもいられず、王宮のテラスより身を翻したシルエット、


それが騎士の思い人だった。













エンパイア













「じん!」


切情を滲ませて絞られた喉に、騎士は振り向かざるを得ない。

詰めかけた観衆はどよめき、家臣たちは卒倒しかけた。

他を圧する、白でかためられたテラスは、それでも王の姿を民衆へ披露する場でもあり、

そこまでの高さはない。

とはいえ、騎士の機転で抱きとめられなければ、王は足か腰か、きっと支障がでたに違いはない。

王がそれでも、そこまでしても、騎士に追い縋りたかった理由が、その手に握られていた。


「・・・、作った!」


無茶なことを、お怪我なさったらどうなさるおつもりで、公衆の面前で、・・・

混乱した蒼い顔で小言ばかり、その顰め面に、王は愛しげに笑いかける。

その手の中には丸とも三角ともつかない、いびつに結んだ白米があった。


「おにぎりなんか作ったことがないから、女中に教えてもらった」


泣き笑いながら、そのたったひとつを、

自らの腰布を引き抜き、それに押し込め、一生懸命にくるみ、

騎士の手に握らせた。

不器用な仕草が騎士の心臓までをも握って、

騎士はそのまま、細いからだを抱き抱えてどこかへいってしまいたいような、

いいようのない眩暈に飲み込まれかける。

不意に、太陽のひかりが鳥の群れに遮られ、祝福と暗雲とを思わせる羽音が耳を食む。

ばさり、あっという間、過ぎ去った天蓋たちを振り仰ぐ、白い羽はきっと鳩、ひらり舞う名残の一枚が王の肩へ。

それを払おうとして、王の肩が震えているのに気がついた。

騎士の右手がそこではじめて、君主の嘆きに気がついた。

しとしとと、九月の真昼に降る雨のような涙が、色素の薄い頬を滑降する。

守りたいものがそこにあるから、自分は笑って死ねるのだと気がついた。


「おにぎり抱えてあんなとこから飛ぶなんて、

 ほんとにおまえは無茶をする」


王は、久方ぶりの砕けた物言いに、幼馴染の顔をまじまじと見上げた。

見上げる瞳の黒は、この国を、国の民を土を将来を映す鏡だ。

そして米粒だらけのその手は、ひたすらにこの国を抱きかかえる。何ひとつ零すことも余すこともなく、全てを。

飛び降りた王を抱きとめている騎士にしても、その王に抱かれてあやされる国の一部に違いはないのだ。

騎士とて、いつまでも心地よい子守唄に縋っていたかったけれど、皆と同じに王に抱えられていたかったけれど、

それならば誰が王をあやしてやるのだ。


騎士は決意を新たに、その手をとった。

左手にはお守りがわりの握り飯、右手に王の左手。

王はといえば、いつか、遠くて近い昔、同じような出来事があったことに思い当たり、

左に感じる体温にたまらなく哀しくなる。

やはりいつでも、騎士は忠実が故に無情で、王への忠誠の前に簡単に命を賭してしまう。

王の切ない心持ちを、一片も理解しようとはしないのだ。

しかし今回、彼は、王の手の、甲でなく掌に口づけた。

家臣たち(中には騎士自身の父親のものも)の、王に対し何を、という声を騎士の鼓膜は弾く。

そのまま米粒を丁寧に吸い、



「美味しゅうございます、とても」



笑う口角。


翻る、夜を敷き詰めたマントが、

民衆らの視線から一瞬、二人を擁護する。


一瞬の情熱は、王の額へ。


「畏れ多いと思ってるよ。おまえは神の子だと知っていたから。

 けど今こうしねえと、おれは一生後悔する」

「じ、」

「口にしなかったのはな、おまえが思い出すのが嫌だからだ。

 このあと、どこの国のお姫様と口づけても、おれなんぞを。

 いいか、和也。恋をしろ。結婚をしろ。子を生せ。国を成せ。


 でもここくらいは、…おれに譲ってくれ」


騎士は主君の額を、親指でたいせつになぞる。


「では行って参ります、我が王」


すぐに体温も、慣れた足音も遠ざかる。

無礼な、と騎士を追おうとする家臣たちを、王は右手で制す。

早馬に颯爽と跨る黒を、ぼんやりと見遣る。

そして、ほろ苦く塩の味のする、左手で額を押さえ、

幼馴染のくちびるの、熱を思った。

知らないままでいたかったとさえ思った。


馬上の人は、底抜けに明るい笑顔で、

国でも名誉でもなく、おまえをまもりたい、と叫んで、

馬を駆った。


死地へ。死地へ。














第三者視点?が死ぬほど苦手です
AKにおいてはどちらかが語ってくれるほうが書きやすいです
壮大にしすぎて中二展開すぎて痛々しすぎてもうどうしたらいいですか

キングダムにしようとおもっていたタイトルですが、やっぱりパチンコ思い出すんで
帝国?とか意味するエンパイアに。え、皇帝じゃなくて王様じゃんとか深く突っ込まないで・・・響きのみです