国境までの道のりはそれなりに長く、険しいものだった。
馬を並べて駆けるは騎士の腹心であり、道中きりなく涙に暮れていた。
あんまりでございます、とだけ呟く彼を、屈強な体格に見合わぬことをするなと騎士は笑い飛ばした。
従者はますますもって泣いた。
やがてしてたどり着いた、騎士の身柄引き渡しの指定場所には、
幼い少年が一人、馬だけをその手にそこにいた。
身なりは整えられていたが、痩せこけた頬に細る手指、その体躯でよく馬をいさめていると感心したほどだった。
従者は、このような小童一人を寄越すなどと、馬鹿にしおって、と怒り心頭の模様であったが、騎士はまるで違った。
その子どもは、何故だろうか、庇護欲を揺すぶられるような、不思議な佇まいだ。
ああそうだ、なんとなく、いつかのだれかに似ている、ような。
騎士は早馬の背から、飛ぶように降り立ち、手綱を従者に握らせた。
頼むぞ、の一言と、もうひとつ、小さな紙切れとともに。
従者がいそいそと内容を確認しようとするので、騎士はそれを制し、幼なじみへのラブレターなんだ。と耳元で囁く。
信頼厚い腹心はすぐに理解したようだった。
「では行ってくる。留守を守れ」
「は、どうぞご安心を。お帰りをお待ち申し上げております」
騎士は満足したように微笑むと、少年から手綱を受取る。
少年は食い入るように騎士を見る。
その瞳に妙な既視感を覚え、戸惑いながらも、どうなすった、と尋ねると、怯えたように俯いた。
無礼をお許しを、と彼は前置いて、蚊の鳴くような調子で口にする、
「あなたさまからは、私の兄と同じ、夜の匂いがする」
告げられて騎士は笑う。
ああこれは、件の狂える覇王の血に近しい生き物なのか。
それがこんなにも枯れ木のような手足で、なぜ。
「幼き王弟どの、山下王を、ご自分の兄君をお嫌いか」
「あなたさまはご存じのはずだ。兄上がどのような方か。
私の兄弟は皆、兄上の手にかかって死にたえました。
私はまだ幼く、体が弱かったため、幽閉で済みましたが」
はけ口を求めていたらしい少年は、身の上から自身に降りかかった凶行から、洗いざらいを初対面の、それも敵国よりの捕虜に打ち明けた。
幼さゆえの愚行、というより、帝王学のひとつも学べていない事実に哀れとさえ思う。
おれの王はたとえ七つの幼年期にあっても、相手への警戒と見定めを怠らなかった、と騎士は振り返る。
見かねてそっと膝をつき、栄養の行き届いていない少年の唇に人さし指を押しあてる。
かさつく感触にかすかに同情する。
「王弟どの、正直は必ずしも美徳ではない。
無暗にそのようなこと、私などにお聞かせなさいますな。
兄君の目は千里を貫き、耳は万里を駆ける」
びくりと、痩身が震える。
兄への畏怖を思わせるように、うつろな瞳。
兄弟の一人、また一人と潰えていくのを、次は自分か、いや次は、と死に怯える日々は、幼いこの子どもにいかほどの恐怖を与えたのか、それは想像に難くない。
分からないのは、山下が何を思って幽閉していた弟をここへよこしたのか、その意図だ。
腹を汲みかねていた。
さてもどうしたものか、
ときに貴殿は私をどちらにお連れ下さるのですか、と騎士が訊ねると、
「私は、あなたさまを兄のもとへお送りするお役目をいただいております。
何があっても、あなたさまをお守りするよう、申しつけられております、仁さま」
「それは頼もしい。ところで、貴殿のお名前などお伺いしてもよろしいか」
「はい、
…かずや、と申します」
脳から、足元へ足元へ、血が下る音が聞こえる。
愚かだった、騎士は、ようやくもって気付いた。
そうだ、これは、まるで、
レプリカだ。
線の細さはいきすぎとしても、雰囲気も、瞳の色も、喋り方、声の調子すらも、巧みに似せてある。
もしかしたら少し、整形手術も施されているのかもしれない。
これは、騎士の唯一無二の彼の人に、明確な悪意をもって似せてある、金のかかった小さなおもちゃだ。
山下王の、玩具。
本当の弟であるのかどうかも疑わしい、それほどの作品だ。
そしてそれを、騎士の道中に宛がう意味。
呑まれてはいけない、と騎士は拳を固める。
この哀れな子どもは、断じて、唯一無二の彼の王ではない。
中身もまるで違う。
現に、中身が違いすぎて、目の輝きが違いすぎて、名をきくまで似ている事実にすら気づかなかった。
これはただの案内役だ。
騎士はそうして、平静然として、ゆるりと笑いかける。
「道中、どうぞよろしく、お願いいたします、
かずやどの」
akからまneeee
ウン年ぶりの更新がまたしてもこんな中途半端な感じで申し訳ないであります