父は、おれが11のときに死んだ。
その父が死ぬ間際
まだ幼いおれに彼を引き合わせた。
おれはそのときから
赤い糸を信じていない。
おかあさんと呼べ、と
そのつきぬけるように綺麗なひとは言った。
そのひとの小指に噛み付く
父と揃いの銀色のリングが
はじけるみたいに光ってた。
ぎんいろこゆび
「かめ!弁当まだ!」
「今つくってる〜・・っつかオカアサンて呼んでもいいってゆってるのに」
世の中の判別もつかぬ小学生だった当時ならいざ知らず、
高校生活も残り僅かとなった今となってはさすがに、
六つしか歳の違わない、しかも男である彼を母と呼ぶことに抵抗を感じるのは正義だ、と思う。
「ってかさ、かめさ、手元の卵焼きコゲてない?」
「・・・うっわぁあ!ごめん!金やるから中丸マートで弁当買ってって〜」
「あーあ、また中丸んちに貢献しちゃうんだぁ、うち」
「そゆこと。ゆうちゃんによろしく。」
ふんわりと肩まで伸びた髪をゆるく結ぶ、うなじが透けて見える。
その後姿を世の中のなによりも綺麗だと信じているのも、ぎりぎりで正義だ、と思う。
「じん、いってらっしゃい」
「・・・うん、イッテキマス」
でも、これは。
この、跳ね回る心臓、その意味は。
これはどう自分を正当化したって、正義ではありえない。
モラルへの、というより死んだ父への、そして彼を愛したかめへの、 最大の冒涜だ。
ああ
今日もかめの小指には
当たり前みたいな顔をして、銀色が鎮座している。
小銭がちゃりちゃりと、制服のポケットで踊る。
「っはぁ・・」
「赤西ぃ、どしたん?」
「無難にからあげ弁当かそれともそぼろ弁当にするか悩んでいるのだよ」
「ふーん、またかめちゃんのことかー」
「会って三秒でおれのかわいい嘘を見破るな!」
いくつかの弁当を手に取るおれに、中丸マートの看板息子が話しかけてきた。
中丸は幼馴染だから、たぶんおれのことをおれより知っている。
かめのことをそういう意味で好きなんだって知っているのも世の中で中丸だけだ。
「で、今日はなに」
「かめのうなじに朝から欲情しちった」
「うっわケダモノだね」
「うっせ!」
かめは戸籍上は一応、おれの兄ということになっている。
男同士、しかも親子ほども離れた人間が一緒になれる方法なんて、養子縁組くらいしかないじゃんて
昔、かめはかなしそうに笑っていた。
かめは、戸籍上のこととはいえ、父の息子になった。かめは嬉しそうで、悲しそうだった。
きっとかめは父の息子になりたかったわけじゃない、夫婦になりたかったんだろうから。
かめは、おれの兄になった。そして、母になった。おれは嬉しくて、悲しかった。
家族になるっていうのは、いちばん強い絆で結ばれるかわりに、いちばん強い戒めで縛られるということだから。
(その事実を理解できるくらいには、小学五年生のおれはオトナだった。)
おれはたぶんいちばんはじめから、かめのことが好きだった。
父の恋人として紹介されたとき、漠然と、
間違っている
、と思った。
父は間違っている、このひとは、おれのものになるひとだ、と。
父は。いわゆる、芸能人だった。
芝居もするし歌もうたう、バラエティにも出ていた。
死んで七年経つ今でも、命日には墓と実家(つまりうちだ)にマスコミとファンが列を為す。
この間発売されたベストアルバムは七週連続でランキング一位を飾った。
でかかった。
正直、でかすぎた。いまだに父という存在は、世の中でもおれのなかでも、もちろんかめのなかでも。
でかすぎて、もういないはずの父、その亡霊が、おれの首をぎりぎりしめ上げる。
「ちっくしょ、・・・」
「まだヨクジョーしてんのかバカニシこら!」
「うっせーってのハゲ!・・・そぼろに決めた」
そぼろ弁当を中丸のおばさんに渡すと、いつものようにおしぼりと割り箸をつけて、スーパー袋に入れてくれた。
できないのにウインクなんかしてみせて、おまけね、と言ってレジ打ちながら値段の端数を切り捨ててもくれた。
ああ、おかあさんってこういうのなんだ、と思う。
あったかくて、やさしくて、おおきくて、永遠にそれ以上でも以下でもない。女の人だから、っていう部分も大きいのだろう。
かめも、あったかくて、やさしい、でも、
こないだ気付いた。
初めて会ったときのかめの齢を、身長を、
おれは越えてしまっていた。
急に、届くはずなかった手が、届いてしまったような、
かめがまるでおれのところまで堕ちてきたみたいな、嬉しいようなもどかしいようなわけのわからない感覚。
おれはそれに酔っている、
今も。
ある、雨の夕方。
かめは薄暗い台所で大昔の父の写真を見ていた。
三回忌のときも、七回忌のときも、笑顔でいたかめが、
おれの前では泣かないと決めているらしいかめが。
おれに隠れて、泣いていたことを知った。
冷蔵庫のかげになっておれの存在はかめに知られなかった。
かめだけの、世界。
かめと父だけの、世界で、かめは泣く。
その日の夜、おれはなんだかどうしようもなくなって、
夕飯を断り、部屋にこもった。
「じん?どした?具合悪い?」
部屋の外からノックする、優しい指先。
その指先の色かたちまでいつでも鮮明に思い出せるのだから、始末に負えないおれだ。
かめが心配している。
日常だ。かめにとって、おれを心配するのは、日常だ。かめ曰く、ハハオヤとしての当然の義務だそうだ。
反吐がでるんだよ、とその綺麗な顔に吐き散らかしてやりたい。
所詮はこのオママゴトみたいな生活も、おまえの一人上手なんだよ、おれはおまえを犯したいんだから、と、そんな最上級の裏切りを鼻先に突きつけてやりたい。
そこまで考えて、どうしよう、と泣きたくなる。
大切に思っているのは事実なのに。おれはきっと本当は、何よりも、かめがおれで汚れてしまうところが見てみたいのだ。
苦しくて苦しくて、頭が割れそうで、真っ暗な部屋の中、痛いほどに眩しい携帯のディスプレイを見つめていた。
呼び出した中丸のナンバーが、唯一の救いのように思えた。
『もし?・・・赤西?』
「中丸たのむ、
今晩泊めて」
財布と携帯だけ引っつかんで、部屋を飛び出す。
胃薬かなにかと水の入ったコップとを運んできたかめが、大袈裟に驚いた。
かめの服に少しだけ零れた水がかかって、生地の赤がそこだけ濃くなる。
それでも大事にコップを握る右手には、変わらず銀色、
そう、これもかめの日常だから。
「うわっととと、え、なに、じんどっかいくの?」
「あ、・・・ああ、うん。中丸んち。」
「なんだよ、体調大丈夫なの」
「別に、平気・・・」
かめの声が、心地よくて、うざったい。
もうこれ以上、掻きまわさないでと思うのに。
耳の奥、脳につながる太い神経管を伝って、脳の奥の奥の奥、人間の原始的な部分がかめを求めてやまない、
耳鳴りがする。
「そんな青い顔して、じん、薬だけでも飲んで・・」
「いいってば」
「でも、」
ああ
耳鳴りが する。
「ああもううぜえ!!」
コップがごろりと床に転がった。
中身がじわりと床に広がった。
「ッじ、・・・」
かめは初めて見る顔をしていた。
おれが、かめの小指にキスしたからだ。
右側のいちばん小さい指。
混乱したのか、抵抗すらしないかめ。
それをいいことに
舐めて、噛んで、
「うぁ、や、え?っや、じ、じん?あ、」
褪せない銀色を
舌と歯に絡み取った。
口内から、燃える。銀色がおれを拒絶しているんだと思った。
かめの小指は、震えている。
かめは、やはり、おれが初めて見る表情で、おれをその眸に映す。
ハハオヤでも兄貴でもない、ただの、二十四歳。
そうか、これがほしいんだ。きっと、おれは。
「じ、か、かえし、て。」
かわいそうなくらいに動揺しながら、おれに縋りつくかめは、
おれがいないと死にそうに弱弱しく見えた。
「わ、すれてやる、から、忘れてやるから、指輪・・・っ」
かえせ、とおれを見上げる。
おれは銀色を吐き出し、自分の手のひらに収めた。
それを握り締め、その拳をかめの目の前に差し出す。
かめはおずおずと手を伸ばしおれの拳に触れようとする、
「は、いつまでも死人にしがみついてんじゃねえよ」
おれは嗤う。
おれの言葉に血相を変えたかめはおれを殴り飛ばして、銀色をさっさと奪いかえした。
その二秒後に、おれを殴ったことに対しての後悔を口元に浮かべて、
さらに二秒後にそれでも抑えきれないおれに対する怒りに目元を染めた。
「・・・なあ
おれがなんでおまえをかめ、って呼ぶか知ってる?」
「、え?」
「わかんねえ?
かめなし、てゆうのは、おまえが籍入れる前のなまえだから。
だから、だよ」
かめを、「赤西」だなんて、父のものだなんて、
認められるわけなかったからだよ。
かわいいだろ、おれ、なぁ?それでもってかわいそうだろ
携帯が震えたのを理由にして、おれは中丸の家へ向かう。
後ろでかめがおれを引きとめようとして、結局何も言えず
床の後始末をはじめた。
水溜りを、そばにあった雑巾かなにかでごしごししながらかめは、
泣いている ようだった。
中丸の家へ向かう途中、おれは妙にすっきりと自己満足して、
そのくせ人生で最悪の気分だった。
ドラマの悲劇のヒロインのように雨に打たれてずぶ濡れになりたい気分なのに
皮肉にも夕方の雨はすっきりと上がり
トウキョウの空でかすかに生き残る星が
こちらを睨んでいた。
また携帯が唸る。
いま、いく。いくから、なかまる。
おれの奪った銀色、その裏側が視界に入った
彫りこんであったイニシャルはTとY。
山下智久、
父の芸名だった。
「、 ちくしょ」
今度こそおれも
泣いた。
拍手文にこんな暗いの載せてたんですね・・・
ちなみにこれ、今現在はタイトル「ぎんいろこゆび」とか気取ったことヌカしてますが
私のパソコンには「マザコン物語」って保存されてます
拍手文にあげるにあたって急遽考えたタイトルがぎんいろこゆびでした
でもマザコン物語のほうがよかったかなぁといまだに真剣に考えてたりして
そんなこと考えてる暇あるなら続きかけよ
てかPがAのオヤジかよ!!(遅い