おれに恩返しがしたいと言って、
人魚はおれのもとにやってきた。
その人魚は男の子だったので、胸もないし口は悪いしおまけに風呂場は占領するしで
いいことなんかありそうもない。
もちろん今現在、恩なんて返してもらえそうにもないし、それ以前に恩を売った覚えもない。
ただ、ひとつ賢くなったこともある、
人魚には男(オス)もいるんだぁ・・・
ディズニーシーのショーでみたアリエルしか人魚の知識がなかったおれだった。
風呂場で人魚を飼っています。
チャイムが聞こえたあとの義務として、玄関のドアを開ける。
男の子が立っていた。ダメージジーンズにタンクトップ、足元は使い古しの、でも高そうなスニーカー。右手にはスーパー袋を引っさげている。
ドアを開けざま女にひっかかれたり女に殴られたり女に刺されそうになったりしたことはあるものの、
はたして自分に男の子の知り合いなんかいただろうかと考えているうち、
かめです、と彼は自ら名乗った。
少し傷んだ茶色い髪が、ふわふわ揺れる。
「はじめまして。実はおれ人魚なんだけど、あなたに恩返しにきました。だから泊めて。」
非現実はあっというまにおれの足元を飲み込んだ。
え、人魚なのに亀なの、と聞き返したら、
違法な手段で手に入れた日本国籍、その名前が亀梨和也だったらしい。
だからかめって呼んでください、昔の名前はもう使えないので、だって。
いまどきの男の子です、という風貌のその人魚はいかにも普通っぽくて、どう贔屓目に見てもファンタジーには見えなくて、
いっそそこが気に入ったので、飼うことにした。
人魚は風呂場に迷いなく歩みを進め
浴槽にたっぷりと湯を張ると
アホほどの食塩をぶちこんで、満足そうに足をひたした。(スーパー袋の中身は食塩だった)
たったいままで安い造りのぎしぎし言う床を踏みしめていた、正真正銘の、ヒト科ヒト属ヒトのふたつの足は、
まず、とけるように水面にゆらめいて、ゆらめいて、ゆらめいて、次第になにかもっと別のものになってきた。
あ、うろこ。
確認するまでもなく、尾ひれだ。
不要となったダメージジーンズがぷかぷか水面に浮いていた。
「本物だったのか」
てゆうかノーパンだったのか、とはこの際言わないことにした。(ジーンズは浮かんできたのにパンツらしきものは浮かんでこなかったので)
「ゆったでしょ、人魚なんだけどって」
こころもち、得意気にそう話すのは、奇跡のカタマリ。
風呂場の換気扇をつけてやりながら、ああ、きらきらするうろこが綺麗だ、と思った。
尾ひれの色はまがいなき空色だった。
海のいきもののくせに、人魚のうろこは秋晴れの澄んだ空を凝縮したような色をしていた。
「恩返し、ともゆってたけど、おれ、あんたになんかしてやったっけ」
「うん。赤西さんは生まれてきてくれた。だから」
ますますわけがわからない。
わからないが、そんなふうに言われたのは初めてで、
柔らかく笑う人魚になんだか泣きたくなった。
照れ隠しみたいに
あ、そう、
とわけのわからないまま返事して
わけのわからないまま、へんてこな人魚とのへんてこな同居生活は始まった。
続く確証もないのに
続き物をアップしてしまった・・・