風呂場で人魚を飼っています
















人魚はおれと同じものを食べ、同じものを出し(トイレのこと)、同じテレビ番組を好んだ。

意外と料理が上手いことと、意外と口が悪いこともわかった。


普段は人間と同じように生活しているが

一日のうち約8時間(正確には8時間11分32秒)は海水(塩水)に浸かっていないといけないということで

人魚はその8時間を睡眠にあてており

おれの風呂場はもっぱら彼のベッドとなっている。


しかもこの人魚

衣服を持たず、先立つものも持たず、礼儀もさほど持たずにやってきたものだから

恩返しが聞いて呆れる、彼にかかる諸費用(衣食住)全てをおれが負担していたりする。

まず毎日風呂に入れる食塩代だけでもばかにならない。

日がな一日家にいる人魚のせいで光熱費も跳ね上がった。

その上、通販というものが大好きらしく、あれこれ注文しては請求書を笑顔で突きつけるのだ。


金銭的な理由でおれはフリーターからホストになった。

思いがけず売れっ子になってしまい、最近人魚は不満を言う。

一人にするな、とか。忙しいならやめろ、とか。

ふざけるんじゃねえ、誰のためにこんなことしてやってると思ってんだ、と喉まで出掛かったが、

最後に、


さみしい


と呟いた人魚の横顔がなんだか

かきむしられるようにかわいいので


言わないでおくことにした。










「今日のアフターはミチコさん?」



おれが風呂から上がるとまず、遅くなった帰りを責めるように人魚はまくしたてた。

アフターなんて言葉も覚えたらしい。

軽く食べるよね、チンする、とか言いながらキッチンに立ち、

どうやら夜食のようなものを温めなおしていた。

日本酒もお猪口で出てくる。

高級ワインばかりを滝のように流し込まれていた胃が哀しいほどに喜んでいる。



「てか、ミチコちげー、ギャルのほう」

「ああ、シオちゃん」

「あーそんな名前」



濡れた頭をがしゃがしゃ拭きながらおれは、常連客の名前まで覚えている人魚を見やる。


日中風呂に篭り眠る人魚。日中ベッドに篭り眠るおれ。

夕方になれば人魚はおれの食事を作り、おれはそれを食って出勤する。

夜、おれは仕事。人魚は家事。


同じようなリズムで生活をしているのに、おれと違って、人魚は透けるように薄っぺらい。

骨格自体が、一般の成人男子のそれより貧弱で、どこか中性めいた印象を受けるのはそのせいかと思う。

とにかく、見ているこちらがいたたまれない。



「かめ、肉とか食え」



チンしてもらった夜食(鯖の煮付けだった)をつつきながら、

それとなく口にしてみた。ら、



「海の生きものである人魚さんはね、海草以外食べないの。肉なんてもってのほか。」



などと昂然とのたまう。

嘘をつけ。なにが海草以外食べない、だ。

苺ヨーグルトともんじゃ焼きとゴボウのキンピラが大好物のくせに、そんなことを言う。



「おれは肉付きイイほーが好きなんだよ」



つつき終えた鯖の残骸をゴミ箱に捨て、汚れた皿や中身のない熱燗をきちんと洗面器に移す。

人魚に躾けられた結果だ。



「太った客に言ってやりな、喜ぶよ」



毒舌上等な人魚は、無駄にかわいく微笑んで、ドライヤーを片手におれを手招きする。

おれはされるがまま髪を乾かされ、細い指が頭皮を掠めるたび、言いようもなく眠くなった。

最後はゆっくり髪を梳かされて、「かっこいいよー今日も」とかなんとか。

いくらおだてられても、欲しがってた通販グッズ(いまさら金魚運動マシーンが欲しいらしい)は買わないつもりだが。

当の本人はといえば、そんな下心はないのか、鼻唄まじりにおれの食べ終えた食器を片しはじめる。

その後ろ姿がなんとなく懐かしく思えて

マンガのように目をこすってしまった。


朝陽から注がれた光が、窓をふちどって、部屋のなかにも零れてくる。

遮光カーテンに手をかけた人魚は、おれの帰りを待っていたわけだから当然おれと同じに眠いのだろう、欠伸をニ回した。


ああ朝だ、寝よう、とフリーター時代とは真逆のことを考える生活に、ようやく馴染んできて。



恩がどうとかファンタジーな展開とかさっぱりわからないながらも

無一文の人魚が

かいがいしくおれの世話をやく生活が、





少しずつ当たり前のものとなってきていた。






















この先一行も書いてないんです
見切り発車スミマセン