はぁはぁと荒い息の下、人魚は呟く。
「おーじさま、」
正装・カボチャパンツに見合う清純さを
十数年も前に捨て去ってしまったおれを、
それでも人魚は「おれの、おうじさま」と呼んだ。
風呂場で人魚を飼っています。
わけがわからない。
「どうしよう、すきだ」と今まで生きた中で最も意味の分からない告白を受けたのは、五日前。
それからおれは悩み続けている。
人魚に癒された腹部は、もう痛みなどみじんも感じない。
が、不思議なことに、傷跡が塩分(汗などの塩水)に触れると、そこが空色にきらめくのだ。
人魚自身も詳しいことは分からないらしく、
「狼男に噛まれたら狼になるでしょ?それといっしょで、人魚的パワーがそこにいっちゃったんじゃね?」
人魚的パワーのなんたるかは知らないが、万が一にもその空色現象が全身に現れていたら、
おれは間違いなく珍獣指定だったろうな、と思うにつけ、身震いせざるを得ない。
汗をかくたび、キラキラと空色に発光する男前。
・・・ニュースになるより前に、NASAが保護に来てしまいそうだ。
まあそれはいいとして。
あれだけ熱っぽく告白し、キスをし、さらにおれの傷を治すためにあんなに情熱的にセックスしたにもかかわらず
人魚は翌日から、至って普通だった。
いつもどおり、風呂場で眠り、おれの仕事にあわせて家事をし、時折通販番組を見て電話をかけ、
いつもどおり、菜食(?)主義者を気取りながら、苺ヨーグルトともんじゃ焼きとゴボウのきんぴらを食べた。
なんの進展もない。なかったのだ。
五日間、この間のことが夢だったのじゃないかと疑い続けて悶々とし、ようやく結論に至った。
これはもう、確かめてみるしかないのではないか。
もう一度、ああいうケガでもしないかぎり、エロ可愛い奉仕を受けることはできないんじゃないか。と。
そんなばかなことまで考えていた、矢先だった。
変な奴第二号が現れた。(変な奴第一号は言わずもがな、うちに棲息する人魚のことだ)
「バカ人魚が一匹、お邪魔してませんでしょうか。」
インターホンの音におそるおそる小窓を覗けば(先回で学習した)、眩いばかりの美形の青年が一人。
次いで聞こえた声もなんというか、ダンディーというか、(え、それって死語だろうか?)
ともかく、おーじさまというのは本来、こういうのを指すのではなかろうか。
仕事上、カオのいい人間はごまんと見ているものの、ここまで凄まじいのは初めてだった。
「アカニシジンさん、ですよね・・・?あ、えっと、私、こういうものです。
あの、苺ヨーグルトともんじゃ焼きときんぴらごぼうが大好物の人間じみた人魚をご存じないですか」
仕方なしに開けたドアの外には第二号、オーラからして常人とは違う気がした。
第二号は名刺までもっていた。
山下智久と書かれていた。
ホストめいた美貌に反し、ホストの持つようなそれとは違う真面目そうな名刺で、「株式会社○○営業部」と信用に足るような言葉も添えられている。
と、それはともかく、いまこの男が言い放った探し人の特徴は、見事にうちの図々しくもエロかわいい居候にあてはまると思うのだが。
「・・・あんた、何者?」
「私は彼の幼馴染、といったところでしょうかね。ちょっと心配で来ちゃいました」
第二号はおれの信用を得て、部屋に上がることを許された。
客人に茶の一つでも出すつもりで、とりあえず茶葉のありかを知る同居人を呼ぶ。
「かめ、客、茶ぁ」
「あーあーはいはい、じんてめーぜって将来亭主関白タイプ・・・
って、 ぴいちゃーん!!!」
人魚は、おれの後ろに立つ第二号に気付いたとたん、
律儀にも持ってきた茶葉の缶を、ひっくり返した。豪快に。
おれは思わず、茶葉で真っ黒になったカーペットを見遣る。
それからおもむろに、背後をうかがう。
抱きつきやがったのだ。泣きながら。おれを通り越して、第二号に。
またしても映画のワンシーンを演じる人魚に、なんだか腹の底がむかむかした。
第二号のほうも、やぶさかでない感じで、人魚の頭を撫でたりして。
注目すべきはもう片方の手だ。そこは腰だ。人魚ご自慢の細腰に、あくまで自然にその手が置かれている。
なんだこれ。
「元気だったかバカ人魚ー?」
「ぴいちゃん、ほんもの?ぴいちゃん」
「ったくすぐ泣く・・・ほら、拭いたげるからカオあげな」
「ね、会いにきてくれたの?うれしい・・・」
「おれが会いにきてやらないとおまえ、寂しくて死んじゃうでしょー」
「うん・・・」
「何今日、素直すぎて気持ち悪くない?(笑)」
「もーなにゆってんの、久しぶりでうれしかったんだっつの、ばか」
てめーらの会話が気持ち悪いわ、ばか(笑)
人魚は第二号の服の袖で顔を拭ってもらいながら、泣き笑いに目じりをゆがめる。
おれにも見せたことねえようなとろけた顔してんじゃねえ!
と怒鳴りつけたいところを、ぐっとこらえたおれはえらいと思う。
ついこの間おれを好きだとのたまったその口で、ぴーぴーぴーぴー他の男の名を連呼するな!
と胸倉を掴みたいところを、奥歯を噛みしめこらえたおれは本当にえらいと思う。
おれはまあ、青筋を額に湛えつつも、無難に茶葉を片付けるしかなかった。
「っておまえ、大事〜な王子サマに何やらせてんの!おまえが零したんじゃん!」
「え?じん、掃除担当だから」
平常心、平常心、と呟きながら、
ガムテープまで持ち出してカーペットを綺麗にしていると、
「恩返しがなんとか言ってたくせになにしてもらっちゃってんのおまえ」
「なんでー、だっておれ他の家事ぜんぶ請け負ってるし、掃除くらい分担してもらってもいいじゃん」
「なんだそれ!アカニシさんかわいそうじゃん!おまえ居候だろ!?稼いでもらってんだろが」
「ふざけんな!人魚の身で専業主夫するのがどれだけ大変かもわからないくせにバカぴい!亭主関白宣言か!」
頭上で繰り広げられる会話の雲行きがなんだか怪しくなってきて、
「・・・まあそれはいいとして、肝心の恩返し、おわったの?」
よくねえだろ!そこは厳重に注意しておけ!第二号め!
というか第二号まで恩返しのことを理解しているふうだがそれはどうしてなんだ。
(当のおれでさえ、その恩とやらが何か未だ見当もつかないのに)
それはそうと、恩返し・・・とはやはり、
五日前のあの出来事に当たるのだろうか。
「、だったらなんだよ」
「帰るんだよ。」
おれは思わず手を止める。
ガムテープが手から滑り落ちて、ころころと床を転がり、人魚の足元にぶつかってとまった。
人魚はびくりと体をこわばらせて、おそるおそるおれを見た。
聞きたくない、考えないようにしていた言葉が、あっさりと第三者の口から放たれた。
かえる、とは。人魚が、海へ、とそういうことだろうか。
「アカニシさんへの恩返しは三月七日、午前四時二十分で終わったはずだ。
帰ろう、・・・魔女サマが首を長くしてお待ちだよ」
第二号は
人魚の手首をしっかり握り締めると
鳥肌がたつような綺麗な笑顔で、
おれを睨んでいた。
収拾のつかない展開に焦っています
出すつもりなかったのに、意識朦朧としたまま(平たく言うと半分寝ながら)
人魚話を書いていたら
P様がいつの間にか登場していらした。
なぜだ