魔女ってなんだ。

毒リンゴでも持ってくるってのか。

それともお菓子の家か。


そんなもんで死なねえって約束する、

だからいくな、かめ。












風呂場で人魚を飼っています












とっさにうちの人魚を抱きしめたのは、完全なる意識外の行動だった。

変な奴第二号が、あまりにもおかしなことを言うから。

帰る、誰が、どこへ?

人魚が、海へ?

ふざけるな、童話は嫌いだ。現実、現在。人魚は陸で幸せに生活しているんだから。



「・・・手ぇ放せ、間男」

「じんっ・・・」


睨めば、第二号はあっさりと手を放す。

余裕たっぷりに肩をすくめて、おまけに両手をホールドアップして、

大袈裟に敵意のなさをアピールする。

役者め。

騙されてやる義理はない。第二号の先ほど見せた剣呑な笑顔こそ、奴の本質だと思われる。

人魚を抱く腕に、力を込めた。

きっとか細い人魚には耐えがたいほどの、圧がかかっていると思うのに、

人魚は泣きごとひとつ言わず、しずかに、しずかにおれのそこにしがみついていた。


「アカニシさんって、ニンゲンじゃないですか?」

「でしょうね」

「この子、男だけど可愛いでしょ。でもね、人魚なの」

「だからどした」

「ニンゲンはいつだって、恋する人魚を泡にしちゃうんですよ、おーじさま」


スーツはおそらくオーダーメイドだろう、メイドインフランスらしき柔和な鎧には一部の隙もない。

穏やかに穏やかに、毒を吐く第二号。

ああ、童話は嫌いだ。


「だいたいあなた、この子いつまで生きるか知ってます?

 あと三十回、ローマ法王が代替わりしても、この子は若いまんまですよ。

 何より人魚はね、海で生きるために進化した生き物ですから。

 どうぞ駄々をこねずに聞き分けて、この子海に帰してあげてください?いい大人なんだから」


ああ、こいつはもっと嫌いだ。

茶葉をばらまいている場合ではない、塩をまくべきだった。


「ぴいちゃ、もうやめてくれる」


口を開いたのは腕の中の、海のいきもの。

うつむいて震えている。

聞かれたくなかったことを聞かれてしまったと、子どものように、うちひしがれている。


かわいそうで、かわいくて、

ひとつキスを。


くちびるへの、きちんとしたやつをひとつ。

降りはじめの雨粒みたいなのを、ぽつん、とひとつ。

五日ぶりのそこは、パズルの隣り合ったピースみたいに、おれのくちに余分なくぴったり重なって、

それだけで運命と呼んではいけないのだろうか。

驚いて、くちびるをそろそろとなぞる人魚の左手。


「じゃあ、かめを鍛えねーとなー。

 おれが死んだらまた、陸でも海ででも、新しい恋を見つけられるように」


かめはばか、やだ、とか突然涙をこぼして、

もう一度おれにキスをくれる。

とても幸せな、おれにとってはとても長くて短い、(人魚という生き物にとってもそうであってほしいと願う、)

五分間。

五分の間いちゃいちゃしていたわけなので、

さすがの第二号も苦虫を噛んで呑んで吐き出したみたいな複雑な顔をしたあと、

とても派手なため息をついた。


「結局、こういうバカに惚れるんだよな、うちのバカ人魚はよ」




脱力しきった人魚と、それを支えるおれをみとめ、

第二号は端正な顔をゆがめると、その後三度にわたるため息で

部屋の温度を二度下げた。












前四話から一転して全然前に進まない!
閑話休題のようなノリでリハビリに書いたんです、と言い訳することは許されますか