行為のあと、早々にザンザスを殴り飛ばした。

さすがにこれは、と思ったからだ。

いつもなら必ず報復行為があるというのに、今日はため息ひとつで見逃される。


「てめえもよがってたじゃねえか」


など飄々とした風を装う、屈折した君主に、

悪態を吐くやら、いっそ同情をかけるやらといった余裕も持ち合わせなかった。

部屋を這い出て、目的対象を追うことに専念する。

かき回された腹の中がまだ熱い。

頭の中だって、羞恥で焼き切れそうだ。


「情操教育だったにしても、あれは早すぎたのじゃないかしら、ボスってば」


途中、すれ違ったルッスーリアは気の毒そうに、

廊下を走り去る子どもを見遣った。


「他愛ないよね。王子だったら、精通もないガキの時分だろうと、カメラ持ち出すね」


騒動を聞きつけ談話室から顔を出したベルフェゴールは、さほど気にした様子もなく、

むしろ面白がっているらしい。

てめえみてえな、もとからキレてるのと一緒にすんじゃねえと内心毒づきつつ、

いくつかボタンの飛んだ隊服をおざなりに身にまとい、子どもを追うおれは、

やるせなくて仕方ない。


この、選ばれた子どもには、冗談のような身体能力が生まれながらに備わっているようで、

まるでガゼルのように駆ける。

ライオンに虐げられたから、こうして逃げている。

やがて、ガゼルはサバンナの真ん中で蹲る。


どう声をかけたらいいかもわからないし、

頼りにしたいはずの実の父親こそが実行犯ときている。

庇護すべき小さなかたまりが、自室に閉じこもり、大きすぎるベッドで震えているのに、

おれときたらそのかたわら、立ち尽くすしかなかった。








血統








「お父さんのものか」


そのかたまりは、幼児とは信じられないような低い声で、そう尋ねた。

賢い子どもは、おれの羞恥を慮ってか、行為そのものを尋ねたりしなかった。それすらも恥ずかしくてたまらない。

その温情にすら報いることができず、木偶のように返す言葉を持たないおれだ。

この子どもの十倍近い年数を生きてきて、まったくなんという体たらく。


「おまえは、どうしたって、お父さんのものでしかないのか」

「暴力なんか振るわねえで、お父さんよりもっといい男になるって言ってもだめか」

「ボンゴレをおまえにやるって誓ったとしても、おまえはお父さんを選ぶのか?」


ごくありきたりな子どものように、布団にくるまって、いじけたような風で、

ごくありきたりな子どもではありえないような、とんでもないことを言ってのける。

仕方なし、布団の山の中から、小さな王様の発掘作業を試みる。


「ヴォストラ・マエスタ?」

「…っおまえの王様は、おれじゃねえくせに!」


ほとんど泣くように叫びながら、子どもはおれの首もとに飛びついてきた。

きつく抱き着いて、そのくせ悪態をついて、

本当にこれは、どこかの誰かさんの息子でしかありえないなぁとぼんやり思う。

抱きとめて、まだ情事の記憶も色濃いこの指先が、清純ぶって子どもの髪をなでたりする。

吐き気がするような茶番劇だ、と自嘲しつつ、

それでもおれはこの小さな主君に、嫌われたくなんかないのだった。

何人もの人間を嬲って切り刻んで、それでもびくともしないでやってきた頑強な義手が、

愛しいものに触れて今、かたかた言うのがなんとも可笑しい。


「おまえのパーパとおれとで、おまえにひどいことしちまったなあ」


子どもに詫びれば、スクアーロは悪くない、と盲信したような声がこぼれる。

お父さんなんか嫌いだ。

ヴァリアーなんか潰れればいい。

ボンゴレなんか糞喰らえ。

スクアーロだけでいい。スクアーロがいればいい。


「お父さんの子どもになんて、生まれなければよかった」


ほとんど咽ぶように、子どもはぶちまけた。


「嘘つきめぇ、

 おまえはおまえのパーパが好きだし、ヴァリアーを大切に思ってるし、

 ボンゴレの存在の重要さとそこにおけるおまえの意義をきっちり理解してるって、おれは知ってる」


大きなベッドの上で、小さな王様は、まだ無冠の髪を振る。

意地を張ったように、なんども横に振るから、子どもだというのだ。

そうなのだ、これはまだ子どもだ。


「おれの世界には、剣とおまえと、おまえのパーパしかいらないけど、

 おまえはそうじゃないってちゃあんとわかってるんだぜぇ」


少し考えて、やっぱり頭を振る。

さらにきつくしがみつく短い五指は、実はすでに炎を宿している。

人の上に立つために生まれてきて、将来はおそらくそうなるであろうこの生きものはまだ、

この世に生を受けて四年と少し。

そりゃあガゼルと見間違いもする。

小さく貧弱で、賢いがものを知らず、鋭敏な判断力は下手をしたら向こう見ずと紙一重、

鬣も爪もまだない、本当にただの子ども、


…だがこれはライオンの子だ。



「なあ、ザンザスの血を否定するな、

 だってそれはおれを否定することといっしょだ」



言いながら、子どもらしい林檎の頬と、桜桃の唇に、ひとつずつ口づける。

あやすような、従者の主君への誓い立てのような、無意識のような、複雑なキスだった。

生えそろわない鬣を、やはり撫で続ける。


それでもこの子どもは幸せだ。

それがおれのようなすれっからしにしろ、ザンザスのような無法者にしろ、匿ってくれる腕を持っている。

子どもを抱きしめながら、父親のライオンを思った。

縋りたかった腕すら偽物で、ようやく出会うおれときたら、幼い熱を押し付けて腕を切りとる有様。

抱きしめてくれる腕なんて、あいつは持ち得なかった。

あいつがこれくらいのときに、こうしてやれたら、どんなに。

どんなに。

先ほどの無体も、甘えを知らない幼少期を送った彼の、今更すぎる甘えの表出と思えばこそ、

なんとも単純ながら溜飲の下がる。

あの男の過去と今と、それから未来も押し付けたような気持ちで、小さな王様を愛している。


「レオーネ、今日はもう寝ろぉ?」


すまなかったなぁ、と信じられないような弱弱しい声が出た。

ライオンと呼ばれた子どもは、腑に落ちないような顔ではあるが、それでも素直にベッドに横たわる。


「…折れてやる。

 お父さんのためじゃない、おまえがこれ以上弱らないように」


もう一度、ヴォストラ・マエスタ、レオーネ、グラーツィエ、と繰り返す。

ザンザスは子どもに、食物連鎖の頂点を極める、王者の名前を与えた。

おそらく、気に入りの匣の獣にも多分に影響を受けているとは思う。

そしてこの名こそ、あの男なりにいかにこの子どもを可愛がっているか、体現しているとも思う。


「ガキのほうはこんなに素直で、可愛いのになぁ」

「馬鹿にしてんのか」


いいや、と笑うと、馬鹿にしてるじゃねえか、とまたぶすくれる。やはり素直だ、

でかいほうの王様ライオンは、いろいろと捻じ曲がって、わがままで甘ったれで、

愛人やらてめえのガキまで、あのように試さずにはおかれないかわいそうな大人だ。

裏切られ、絶望し、怒り、ほとんど狂うように生きて、

けれど辛酸をなめてこそ、ザンザスはああも捻くれて、そして賢く美しい。

やっぱりこの子どもは、どうしたって恵まれすぎている。


「パーパのひでえ仕打ちの理由も、あと二十年でもすれば、おまえにもうっすら理解できっかもなぁ」


ほとんど眠たい目をこすりながら、炎を宿すその手でおれの隊服の裾を握り、

子どもは夢心地に言う、


「お父さんが、おれ以上にガキだっていうのは、

 今でも、うっすら理解しているつもり、だ」


吐き捨ててしてやったりと笑い、二秒後には寝息をたてた。

なんとまあ、やはりどこまでもふてぶてしい、ザンザスの子どもだ。

脱帽、感服、天晴、

堪えきれず噴き出してベッドを揺らすと、

どこかから灰皿が飛んできた、


「おれのクソ生意気なガキが、

 かわいそうに起きちまうだろうが?」


戸口に見慣れたシルエット、

後頭部の痛みすらいよいよおかしくて、重厚な年代物を拾い上げ、

そのままその男を抱きしめた。













続きと銘打ちながら進まない内容
たいした出来でもなくすみません
でも多分ボス視点とか子ども視点でさらに続きとか書きたい気分!無謀!

それにしても自分の子に「ライオン」って
どんなキラキラネームかと