ナイト
























トーナメントの用意はつつがなく終了し、いよいよ明日に迫る。

隣国、山下からは矢の催促が来ている。引き延ばすは困難だろう。

その日の夜更け、おれはいつまでも眠れず、無意味な寝返りは四度を数えた。

仕方のないこと。

元凶をこらしめにいくしかない。

寝衣のうえに薄手の絹のローブだけを纏い、靴を履いては足音がするので裸足で、

左手には燭台、右手に剣を携えた。

自室を出ると、護衛たちが慌てて駆け寄る。どうなさいました、こんな夜分に、とまあ予想範囲内の混乱だ。

今から騎士団長と内密な作戦を練るのだ、と些か苦しい言い訳をすると、

年長の護衛兵が静かに、いってらっしゃいませ、と頭を下げてくれた。

他の護衛たちは、どうぞ明日に、だのわめいているが、彼は昔馴染みだ、きっと心中察してくれたに違いない。

おれが護衛団長である仁の父親の部屋でなく、

息子のほうの部屋のある南塔に向かったとしても、心のうちにとどめておいてくれるだろう。


仁の部屋は、騎士団内にて彼が父に次ぐ地位を得たその時から、

暗く重い扉が廊下とを隔てる、南塔の奥へと移された。

いわく、敵が攻め入った折、最も迅速に対応できる位置にあるらしいのだが。

コンコン、とノックの音が冷たく響く。

指先が凍る。寝食をともにしたこともある、幼馴染である彼に対し、

なぜ今、こうも緊張してしまうのか。



「何用だ」



すぐに低い声が降ってくる。

明日に試合を控えても、彼はいつもどおりだ。



「あけろ、仁」

「…、王!?」



彼にしては珍しく、動揺したようで、扉の奥でどたどたと音がする。

懐かしい。昔は仁も、よくこんな音をたてて、おれといっしょに城中を転げまわって遊んだものだ。



「…な、あなたは!ご自分のお立場がおわかりか!?」



内開きのドアが派手な音を立て開かれる。この男にかかっては、重厚なドアも子供部屋のそれと変わりないようだ。

中から、瞠目した仁の、顔がでてくる。

仁。



「こんな夜半時に…こんな、こんな格好、で…

 、護衛どもは何をして…っ

 もし万が一のことがあなたの身にあったら…!!」



普段気にしている身分やら立場やら忘れ、彼は矢継ぎ早に言葉を浴びせ、おれの腕を強引に引いて

自室に招き入れた。

後ろ手に鍵を閉めると、深いため息とともに髪をかきあげ、おれの取り落とした剣と燭台を拾い上げた。

おれはなんともいえず、彼の慌てように胸が躍る。



「まあ、なんだ。護衛たちを責めるな。おれが丸めこんだんだ。

 なぁ、仁。おまえのそんなに慌てた姿を見るのは、本当に久しぶりだ!」

「…あなたは昔のように子どもじゃない。もう立派にご自分の足でお立ちになり、国を治めてらっしゃる。

 おれが慌てないといけないようなことがなくなったんですよ」



それがいきなり、今夜のようなことをされては心臓がもたない、と眉根を寄せる。

それから、とびきりの優しい声音でおれを敬い、



「それで、どうなさいました?我が王」



おれを見つめる。明日にも、死地へ旅立つ覚悟をした、その目で。

たまらない!



「…、あす、」

「王?」


「おまえに、初めて、不正を命ずる。

 明日はわざとでも負けよ、きっとだ」


「…では初めて逆らいましょう、その命はお受けできません。

 何も知らぬ市民を、どうして死地へ追いやれますか」

「だめだ」

「もし今回おれが行かなかったら、山下王は怒り、それこそこの国に攻め入ってくることでしょう」

「だめだ」

「明日はおれが勝って隣国へ参ります、必ず」

「だめだ!」

「王」

「許さぬ!おれの知らぬ地で、山下なんぞの刃によっておまえが死ぬことなど…、」

「無駄死にはいたしません、策の二、三は弄しております」

「おれが無能と思うな!そんなことは分かっている。おれの根回しも終わっている、

 だがもしそれが成功したとして、おまえは王族殺しの大罪で極刑だ」

「ですから、無駄死にではないと申し上げておりますでしょう」

「仁、」

「…ああ、もうすぐ種蒔きの季節だというのに、今夜は冷えますね。

 そのような薄着では、……どうか、お召しを。」



差し出されたのは彼のマントだ。

あの日、15になったあの日に、おれに忠誠を誓った黒だ。

おれは彼の優しさを払いのけ、

思いのたけ抱きついた。



「王、御自重を、」

「仁、死ぬな、いやだ、仁、仁、じん…!」

「お立場を、どうか…お手を、」

「離すか馬鹿!おれのせいだ、おれが山下に、あんなふうに想われさえしなければ、

 おまえは…ッ」 



無邪気に抱きついたあの頃と比べて、随分とたくましくなった。

無邪気に抱き返してくれた腕はもはや幻だが、

おれはこの、戸惑いに打ち震えながらもおれを振り払わない、やさしい双腕こそが愛しい。

巻き戻らなくてもいい、せめてこのまま時が止まればいい。



「生きて帰る保障など、今回ばかりはできません。ですが、

 あなたの国を護るために、今回の作戦を成功させること、必ずお約束いたします」

「そんなもの、いらない…」

「いいえ。それがおれの、唯一の、幸せですから」



嘘偽りなくほほ笑む。

死を覚悟した人間のように、おれを諭すな馬鹿者。


そこからどうやって自室まで戻ったか、おれには全く記憶がない。














翌日。

あっという間に幼馴染が、優勝旗をさらっていってしまった。

当然と言えば当然、舞うように、ときに力強く戦う姿は、

鬼神と見紛うばかりで、他との力の差は歴然としていた。

鬨の声をあげ、晴れ晴れとした笑顔で剣を高く掲げるその姿は、まさに伝説を築くに値する。

いずれ彼の姿がこの広場に像となって残るかもしれない。

子どもたちがその子どもたちへ、おまえの武勇伝を語るかもしれない。

そんなもの。

おれは。

おまえが英雄になってもちっとも嬉しくない。



おまえを死地へ送り出すための、優勝旗を引き裂いてやりたい。

















ここでいったん終了。
好評頂けそうなら続きを書きます…A視点で…
でもこわいのであんまりよろしくなければ打ち切りたいと思っています(日和見)
丁寧にしゃべる二人がきもちわるいねこれ