とおくでどぉんと音がする。
恋花火
縁側にゆるりと腰掛ければ
昔懐かし蚊取り線香がか細い煙をゆらら。
咥えた煙草もゆらゆらら。
衣擦れの音が蝉時雨に混じってとけた。
風変わりな父が
夏は浴衣だ、といってきかないので
我が家ではこの季節は浴衣で過ごす。
赤い金魚が仲良く二匹泳ぐ、和紙のうちわを片手に
膝にはおさななじみ。
すよすよと気持ちよさげな寝息を
くちびるでふさぐ。
「おつかれさん」
僅かに身じろいで
本日の功労賞はまた寝息をたてはじめた。
せめてその眠りが健やかであれと
うちわからゆるい風を、彼の額に贈りつづける。
彼が寝付いたころには紫だった空は
漆黒を纏った。
一番星は、その他大勢を引き連れてきて、
さらに輝きを増した。
どぉん。
不意に聞こえた、耳に馴染みのある深い音
「あ、花火」
顔を上げると、家を囲む垣根から少し上に
小さく花火が散っていた。
ずいぶんと遠い。
「おー、手のひらサイズ」
大きなはずの小さな花火は
なんだか
右手のうちわで扇げば消えてしまいそうに
か弱く見えて
どうにも可笑しくなって、くすくす笑っていると、
「・・・あついんだけど、」
膝の上で呟き。
「あーわり、うちわ、あおいでやる・・・」
「違、タバコ。デコんとこ灰落ちてんだけどっ」
「うっわ、ごめ、」
これで冷やせと傍にあったラムネ瓶を渡すが
もちろん中身はすでに生ぬるくなっていた。
それでも、二つ年上のおさななじみは文句も言わずに
それを患部に押し当て、しばらくして残りを飲み乾した。
瓶にとどまったビー玉が
からころ、からころ。
とおくで、どぉんと音がする。
「なぁ、今日、何で見に来なかったわけ」
寝たままラムネなんか飲むから、そのまま喋るから、
飲み損ねたものが彼の口端から
色気もなく溢れる。
それを仕方なし
浴衣の袖で拭ってやると
男前は照れたように、体ごとあちらを向いてしまった。
「なんべんも言ってんじゃんか、
今日は模試だったんだっつの、しかたねーだろ」
苦笑して、うちわから微風を、
再び。
そう、仕方ないのだ。
この男と違い、おれが通うのは県内でも屈指の進学校。
仕方ない、そう、納得してほしい。
ぢりりときこえて
蚊取り線香からも灰が落ちた。
「・・・わかるけど」
腕組みして、寝返りをうつ。
彼が身じろぐたび、浴衣越しに、ふとももにあたる、茶色い髪が
くすぐったくて笑う。
「あのなぁ。おれは、勝利の女神になりてえのー」
「もとから男じゃねえかテメ」
いちいちに揚げ足をとる男はモテねえぞと耳を抓む。
やはり照れているのか、彼は耳まで赤かった。
夕刻から数えて、もう四本目にもなる煙草を
先ほどまでと同じ要領で
蚊取り線香の脇に据えた灰皿へと押し付けた。
また、垣根の向こう、花火が散った。
ふと気付く、いつの間にか蝉の声が減っている。
ちょっとだけ決意して
少し低めに
耳元へ囁く。
「今日のは絶対勝てる試合だったろ?そうゆうの見たっておもしろくねえじゃん。
おまえが絶対負けそうな試合にだけおれ、行きてえの。
そんでおまえが勝ったら、おれ、マジで勝利の女神じゃん」
それでもって万が一負けたら
いつもいないくせに見にきたからって
かめのせいで緊張したんじゃんかアホって
おれのせいにできるじゃねえか。
とは、言わないけれど。
(でもきっと、変に勘のいいこいつにはお見通しだろうが)
「・・・ノリ軽すぎだアホ」
「おまえも身軽にしとけよぉ。
重たいもんばっか背負ってんだからさ」
同い年のおさななじみは今日
サッカーの練習試合で
ハットトリックなんぞいうものをきめてきた。
今年はチームのリーダー、なおかつサッカー協会の強化選手にも推薦され、
多忙を極める。
こんなちゃらんぽらんなオトコが
どうして
とも思うけど。
おととし。一年生ながらレギュラー入りを果たし、
真剣に全国とプロ入りを狙うと決めたとき(つまり今のおれの歳だ)、
彼の表情からおさなさは消え去った。
「おれってば重ーくしとかねーとすぐ逃げちゃうんだもん」
「ま、でしょうね。」
ちくしょー、好きだ、ばか。
今では知名度も全国区となり
ファンレターやらプレゼントやらが
羨望のまなざしとともに全国の女の子から送られてくる。
雑誌なんかにも特集が組まれる人気だ。
でもそれが
今膝の上にいる彼だとはとても、思えない。
この、不思議で不安定な焦燥を
どう伝えたらいいだろう。
どぉん。
みんみん。
からころろ。
いつのまにこんなんなったのか
無骨でおとこくさい、けれどきれいに整ったその指で
持っていたうちわを奪われた。
こちらを振り向きもせずに
その、頑固な鳥頭が唸る。
「次からは見に来いよな。
絶ッ対負けねーし、かめんこと泣かさないって誓うしマジで」
「イヤなかねえし。」
膝のうえからかっこつける、可愛い男前。
とたん愛しくて
高校生にあるまじき、長めの茶髪をなでてやる。
また耳まで赤い。
夏の空に散る花よりも
鮮烈に
美しい、と想ってしまう、赤、だった。
「・・・こんどからは いくよ」
たまらず
そこに
くちづける。
「じゃ、約束したかんな!破ったら絶交だし!」
くすぐったそうにしながらも
されるがままのそこは
ますますもって赤みを増した。
夕涼み、なにがそんなに暑いのか、
うちわはぶんぶんと音がするほどに振られ
彼の手のなかの金魚二匹は勢いよく泳いだ。
風情もなにもあったものではない。
ああ、とおくで、どぉんと音が、する。
「おまえってなんか可愛いなッ☆」
「・・・はぁ?あんあんいわされたいかコラ」
本当に
風情もなにもあったものではないような、男の傍らで、
ぢりり
蚊取り線香がまた
風情たっぷりに灰を落とした。
「よっく覚えとけこのアホたれ、
インハイ出場より、全国制覇より、プロ入りよりも
おまえにとって大事で重てぇのは
このおれを一生かけてあんあん言わせることだ」
恥ずかしげもなく、ふふん、と鼻をならしてのたまうと、
長めの茶色い髪は驚いたようにびくりとし
金魚はふいに
泳ぐのをやめた。
浴衣の袂からとりだした
新しい煙草に火をつけた。
花火はクライマックス、
距離があるせいか、先ほどから
数瞬遅れで視覚に聴覚が追いつく。
それに紛れるように、
できるだけ小さな声で言ってやった。
「・・・なんて、ね。
でもま、重たいもんばっかのおまえの背中、
三分の一くらいはおれのためにとっとけよハゲ」
新しい煙草はまもなく
(もったいなくも長いまま)
役目を終えた。
浴衣の帯がゆるゆると解かれた。
なだれ込むように部屋に入り、
彼の後ろ手に障子が
ぴしゃりと。
張り替えたばかりの障子の白が
ピンと緊張していた。
「おまえが根っこにいねえと
どんな軽いもんでも背負えねえよ、」
甲斐性ないからねーおれ、
などと舌を出す余裕も憎らしい。
「ん・・・だ、ったら、おとなしく、おれをだいじ・・に、背負って、ろ!」
「なにいってんの」
畳が鳴る。
暗い部屋で
静かな部屋で
不確かなお互いを確かめ合うように。
「おれが知らねえと思ってんのか
おまえがおれに負ぶわれなきゃなんにもできないよーな
ひ弱な男じゃねえ ってこと」
おさななじみ、であるところの、こいびと、は
おれの髪に指を絡めた。
「おれが負ぶってないと生きていかれねえような、おまえがそんなんなら、
・・・こんなに苦労してねんだよ、おれはよ」
「ゃっ、じ、ん・・・ッ」
もう浴衣は
かろうじて肩にとどまるのみ。
ボールを追う脚と同じく、器用に動く指先は
おれの頬も
おれの心臓のうらがわも
澄んだ夏の夜までも
ひたすらにあつくした。
「・・・だから愛してんだけどな!」
とおくでどぉんと音がする。
サッカーとかわからない!夏とか知らない!
ただただKに煙草すっててほしかっただけですスミマセ・・・
おもっきし未成年に吸わせてスミマセ・・・
Aが高校三年でKが一年。別々のガッコっていう設定でひとつよろしくおねがいします