「起きろかめ〜!!」




キキィと、

小気味いい自転車の停止音とともに。

毎度毎度近所迷惑だというのに、お構いなしに。


窓の下から呼びかける、声。


ガラリ、隔てるガラスを半分開けると、



「遅刻すんぞこらぁーおきろー」



ちっともそう思ってなどないような、幼馴染の暢気な口調。

低血圧の自分には五月蝿く感じるほどの、笑顔。



「・・・そう思うんなら先行きゃいいのに」



寝ぼけ眼で階下を睨むと、

寝起きのかめちゃんはいっつもこわい〜とこれもやはり全く口調と内容の噛みあわぬ彼。


仕方なし、パジャマの上を脱ぎ去る右手が、寝癖にあてるワックスを摘む。

転がった枕代わりのクッションを蹴飛ばして、その下に埋もれていた携帯を学ランに押し込めた。


窓を閉める際ちらりと見上げた空は痛いほどに青い。

同じ空を見上げている早咲きの庭の向日葵が、夏はすぐそこだとわらった。




「・・・、三分待ってろ。いく」

「うぁーい」


























ウエイト


























朝食はいつも高校近くのコンビニだ。

じんと二人、たまに冒険もするがたいていはお決まりのパンを買って、それをコーヒーやら牛乳やらで流し込んで。


遅刻寸前に学校に滑り込む。

教師に目を付けられているとかそういうドラマみたいなことはなくて、屋上で煙草を蒸かそうにも今のご時勢そこはきっちり鍵がかかっていて。

外れたくても外れられない、平穏無事な退屈。



「やべ。煙草切らしてる」

「おっまえさぁ、学校名きっちりステッカー貼りしてあるおれのチャリの後ろで、しかも学ランで吸うのやめてくんね?

 おまわりも問答無用だろ」

「だあってニコチン中毒なんだもんおれv」

「副流煙て知ってる!?本人より周りのがヤバイてみのさん言ってたもん!おれそんなんでガンとかヤだから!!」

「主婦のカリスマ信じてんじゃねーよ。つかチャリで吸ってりゃ煙はおまえにはかかんないでしょ」



いつも自転車の後ろの、自分の為に取り付けさせた荷台の上、背中合わせになる形で座る。

まさかじんの背中に抱きつくみたいな格好は嫌だったし、煙草が彼の背中を焼かないように。


以前彼が、オンナノコは乗せたことないけどおまえのが軽いと思う、だとか、言っていた。



「ああまぁ進行方向とは逆になるわなぁ・・・ってコラ!そーゆー問題じゃなくてな!」

「どのみち二ケツしてる時点でオマワリは怒るよ」




じんは小学校に上がると同時に、うちの近所に引っ越してきた、転校生だ。

一番初めに声をかけられたことは覚えている。あけすけな笑顔に戸惑ったことも。

以来何が良かったのか自分なんぞと十年も親友をしている、変わり者だ。


昨年の春から、当たり前のように同じ高校に入って。クラスまで二年連続同じだった、

通学に至っては彼の自転車の後部は我が物だ。

家は鼻先。親同士も交流は深い。男と女なら完璧なお膳立てではなかろうか。

それでも男同士である自分たちは、高めあうでも反発するでもなくあって、

そのくせきっと誰よりお互いと過ごす時間が長い。



崩す均衡さえ見当たらない日常だ。




「かめってば屁理屈は上手いんだもん」

「うっせ」

「で?補充はいーの?」

「流石にせーふくじゃ買えないし、ガッコのロッカーん中のカートンに手ぇつける」



学年が上がる直前に非常用に買い込んだもの。

じんが進級祝いだなんだと半額出してくれた。



「あんときのまだ持ってたの、かめちゃん!?」

「物持ちいいだろー?かめちゃん」



しけてんじゃね、とか微笑む左頬にすら、

日常以外の何者も見出せないでいる。


そしてそれに心の底から安堵する自分がいた。




















「きりーつ、きょおつけー。れいっ」



やはりチャイムと同時に教室入りした自分たちは、窓側の一番後ろとその一つ前の席にどっかりと座り。

委員長の号令に、またすぐさま立ち上がって形ばかりの礼をとる。

やがて教師は数字の羅列を唱え始めるが、じんも然り、もともと文系である自分たちには右から左だった。



「なー、アイツあれヅラらしいってこないだピーがゆってたんだけどさぁ」

「うっそマジで?でもまぁネタ元ピーなら話半分で聞いとかないとなー」



とりとめなどあるはずもない話をこそこそと一時間して、それを六限まで繰り返せば、それで何事もなく一日は終わる。

本日は火曜日。間延びした時間が眠気を誘う。今日は馬鹿に空が近い。

放課後なんて、小学生の頃では考えられないほどあっという間に、

中学生の頃では考えられないほどゆっくりとやってくる。


終業のチャイムを朝のそれより幾分晴れやかな気分で受け止めて、いざじんに帰宅を促そうと振り返ると。

じんの斜め前の席を陣取る、茶髪をむりやり黒に染め直したような髪の女の子が。


じんの腕を掴んでいた。



「赤西、ちょっといい?あたしさ、ちょっと。ちょっと聞いて欲しいことあるんだけどさ」



ちょっと、と三回も口にした彼女は、なんだか自分のほうを睨んでいるようにも見えた。

彼女の緊張の具合からしておおかた告白だろうとは分かったので、聡い振りをしてじんの自転車の鍵を彼の手から奪う。

何故か震える指先を誤魔化す理由として、昨夜深爪してしまったことがあげられた。



「あー、じゃおれちょっとそこのコンビニいるわ。用件済ましたらお前は走ってこいよな」

「え、ちょ、かめ、」

「じゃあとでー」



ひらひら振った手もやはり収まりのきかぬ震えに侵されていた。

下駄箱で何人かのクラスメートに別れを告げ、冗談を言い合い、じんの自転車に鍵を差し込む、その手もまだ震える。


彼が告白を受けるのはこれがおそらく二度目。

前回は五ヶ月ほど前、高1の終わり。同じ中学だった女の子から突然メールがきたと本人が言っていたのを思い出す。

その時は、実は顔も覚えてねんだよな、と最低な理由で断った親友に何故か安心した。


悶々とそのことを考えながら、頭が悪い子供みたいに自転車を飛ばして、歩いて五分もないコンビニを目指す。

学校で煙草をカートンからポケットに詰め込むのも忘れて。それでも制服では煙草を売ってくれない真面目なコンビニを。


雲は映画のそれのように流れて綺麗だったが、視界は滲んでいたので。




















・・・朝。自分はじんの何を見て安堵、したのだろう。

その背中だとか。コンビニでたむろする日常だとか。周囲のあれこれに押しつぶされない、笑顔だとか。


変わらず親友でいてくれる、赤西仁。




「ばっかじゃねぇのー」



息せき切って自転車をこぎ終える。コンビニなぞいつの間にか通り過ぎて、公園にいた。

ありきたりに芝生の上に寝転がったりしてみた。



「ほんと、ばかだし」



誰が、とは続かない。知っていた。

終わらない平穏なんてないし。自分だって求めてないのだ。

それなのに。





「女とおれだと、どっちが重てーの・・・?・・・」




馬鹿にされている気分で、青い空を見上げる。



「ばか。じん。」



呟いた台詞が少女マンガのようだと思う。

自分が気持ち悪い。


いい加減起き上がろうと決心して、直後、

不意に。

視界が暗い。





「ばかはどう考えてもおまえだばーーーか。」





ぐに、と握力49で頬を抓られた。



「い、って!!?じん!!?」

「コンビニいねーし携帯鳴らしまくっても出ねーし」

「・・・あー」

「あーじゃねーだろ!心配した!」

「・・・ごめん」



寝転がったまま見上げるじんの顔が、いつものそれのようで、知らない男のようでもあった。

逆光で表情が読み取りづらいせいもあるのだろうか。

じんは、さきほど思いのたけ抓った肉の無い頬をさすりながら、思いついたように言った。



「おれ、断ったし」

「うん?勿体無くない?」

「全然。だって、」



本心からでた疑問は、自分の首をも絞めていたような気がしたが。








「おれにとって誰より重たいのは49キロのおまえだから」








唖然とするしかない自分の上に、ゆっくりと影が重なる、

見開くばかりの眼の上に、




スローモーションのまま口唇が降った。



































小心者のアカニスくんはおくちにチュウはできませんでした・・・。

というか高校生の男子の握力って普通どんなもんなんだろう?