じん、と低く呼ぶ声が好きだ。
見上げる強気な瞳が好きだ。
興味が無い振りをして、
本当は誰よりおれのことを好きなかめが好きだ。
ウエイト2
高校生活最後の学園祭を
おれたちはあっさりと放棄した。
きっと五年後十年後、
それを後悔するんだろうなぁ、とか、しきりに話してはみたけど
そんな日はおそらく永遠に来ない。
かめと二人で過ごせた一日、
それに勝る青春なんて無い。
「なにボーッとしてんの」
今時流行らない川原沿いの土手で
仰向けに寝転んでいるおれに
同じく隣で空を眺めていたかめが声をかけた。
自分のことは棚に上げて
さも興味なさげに問いかけるから笑ってしまう。
嘘みたいにドラマみたいな状況だ、
この場所はおれたちが探し当てた最後の逃避所だった。
「や、意外と雲ってスピード速えなって」
見惚れてた、
と素直に告げる。
・・・だからおまえに似てると思う、
とも告げられるほど正直にはなれなかったけれど。
となりの男は気配で笑って
そのまま勢いをつけて立ち上がった。
「・・・昔っから思ってたけどおまえって変なやつ。」
言うと
そのままググッと伸びをする。
細い両腕がしなやかに空を押し上げた。
伸縮性に欠ける学ランの上着は
幾分窮屈そうに持ち主にまとわりついていて。
痛いくらいに晴れていたので
水面に太陽が反射してきらきらと踊るようだったのを覚えている。
目の前に横たわる川はお世辞にも綺麗とは言いがたかったけれど
おれたちは音も無いせせらぎに十分に満足できていた。
ふとかめが
こちらを振り返る。
事も無げな口調、
そのくちから飛び出した言葉、
「ね。
セックスしよっか」
秋晴れの朝の抜けるような寒さと
台詞と裏腹の悪戯っ子のような幼い笑顔が
不思議とその言葉のいやらしさを拭い去った気がした。
幼い頃から変わらない、向こうも勝手知ったるおれの部屋、おれのベッドで
先ほど、思いの丈、
かめを貪った。
「・・・学祭サボってなにやってんだかな」
かめは
使用済の避妊具やらティッシュの成れの果てやらが散乱しているベッドの上、
清清しいまでに男らしく煙草を蒸かしていた。
土手で自らそれを誘ったのが一時間前、
ここで凶悪なまでに可愛くおれに乗っかってきたのが三十分前。
そしてシーツ一枚を腰にかけ、ベッドサイドに腰掛けるおれと天井とを交互にかめが見上げる現在、
午後三時二十分。
「寝煙草あぶねって」
一応忠告して
乱雑に脱ぎ捨てられた自身の制服のポケットから携帯用の灰皿を取り出す。
煙草に興味の無いおれの部屋にしっかりとした灰皿はないけれど、
どこででも吸殻を打ち捨てるマナーのなってない恋人のために
小さなそれを持ち歩くのが習慣になっていた。
「ね、知ってる?おれら実は実行委員なんですけどー」
「あー、だなー。
ま、ぶっちゃけあんなん、当日は見回りくらいしかすることねぇんだしいいだろ」
つうか今更すぎねえ?おれの誘いに乗った時点で同罪じゃんおまえもさ
とかぶつぶつ言って煙草を噛むから、
それを取り上げて、煙草味の口唇にキスをしてみた。
「いや、おれはおまえといれれば何がどうでもいいんだけどさ」
ガッコだろうがうちだろうが宇宙だろうが、
そう加えると、かめはちいさく笑った。
そのまま第二ラウンドに持ち込もうとしたけれど
取り上げていた煙草を奪い返され
「吸い終わるのくらい待ってな」
うーん、と考え込む。
いつの間にこんなに
余裕のある微笑みができるようになったのだろう、彼は。
初めてのときなんて
泣き叫んで蹴りまくられて格闘技みたいなセックスしかできなかった自分たちなのに
いつの間に、こんなに。
などと感慨にふけっていると、
かめが低く尋ねた。
「じん、なぁ、後夜祭くらいは出る?」
「へ?そんなんだけ出たらそっれこそシメられんじゃね」
田中とか中丸とか上田とかに、と、
とりあえず思いつく限りの実行委員の名を述べてみる。
今頃、おれらがホモだの愛の逃避行だのと
あながち否定もしきれない欠席裁判をして騒いでいることだろう。
馬鹿みたいに青春を謳歌する彼らを
嫌いではなかった。
「はは、あいつら絶対後でなんかオゴれとかいってくんだろーな、・・・」
「あのさ。」
かめはらしくなくおれの言葉を遮った。
「・・・おれ、おまえがおれだけになればいいってずっと思ってたりする」
「ぅぇ?」
おれもらしくもなく声が裏返る。
「だからこんなふーにおまえ誘ってガッコ行事フケてみたり。
おまえが他の奴の事思い出すのとかですらムカツくし。
・・・でもそれ、すげえおまえにとってマイナスになるじゃんて。思いもする」
「へ、いや、な・・・」
何を、突然。
どうしたらよいのだろう、
それは物凄い告白であろうのに
おれはあまりの嬉しさに悲鳴を堪えるだけで手一杯という不甲斐無さだった。
かめは自ら、おれが用意した小さな灰皿目掛けて
灰を落とした。
人差し指が
どうしてこんなに綺麗に動くのだろう
そういつも思う、その仕草。
「あー・・・って、もう、おれなにゆってんだばっかみてぇー!
忘れろ。てか、忘れて。よろしく。
・・・んで嫌いにとかも、なんないで。・・・よろしく」
短くなった煙草を大事に咥えなおして
彼は今度こそおれに背を向けた。
シーツの向こうで
剥き出しの肩が動揺に震えている。
おれの幼馴染は本当に
ばかだ。
嫌いに、なれるわけがない。
おれの恋人は全くもって
狡猾だ。
嫌いに、なれるわけがない、と、知っているくせに。
「かめ?」
「・・・なに」
「寝煙草、危ない。ちょーだい?」
かめは普段のように不服の意を唱えるでもなく
素直にそれをこちらへ寄越した。
おれは丁寧にそれの火を押し付けて、そのまま灰皿の蓋を閉めた。
「じゃあかめも覚えといて?」
こちらを向かせ、
冷えてしまった肩を手のひらで温めて、
何度もくちづける、
何度もくちづけて、
何度も。
「おれだってね、ここ、いっつも、」
ゆっくりと、舌で口唇をなぞる、
「マルボロなんかに奪られてんの、
ほんとは死ぬほど、イヤなんだけど。」
彼の眼が驚きと恍惚に染まって
おれはもう、してやったりの気分で
ただただ愛しい彼を
愛しい とだけ、
思って抱いていた。
「・・・こぉんなお疲れじゃー後夜祭は出れそーもねえなぁ」
「だまれ色魔ッてめーのせいだろ!!!」
吸ってるKと吸わないJという異色組み合わせを書きたかっただけっていう
しかし吸わないJに違和感を感じすぎて勢い失速しました