カット、の声に心底ほっとした。
おれはおれの育ての親である、亀梨和也に、このままでは殺されると確信していた。
正確には、彼演じる殺人鬼役の男に、だ。
おれはそれに立ち向かう新人刑事、という役どころだったが、
立ち向かうどころか今すぐにでも背を向けて駆け出してしまいたいほどだった。
幼い頃から、何度も、何度も見た。彼の演技。テレビで、舞台で、ときにはうちで台詞を入れているときに。
それが、こんなにこわいものだなんて。
同じ土俵に立って初めてわかる。
これは天才である。
「赤西、なかなかよかったぞ、社長の七光ってだけじゃなかったんだな。
新人刑事ならではの怯えた感じがよく出てた」
監督は歯に衣着せぬと言おうか、さっぱりとものを言う人で、センスもあり、おれは嫌いじゃない。
だが今回のコメントは的外れだ。
おれはちっとも演じてなんかない。
ただ本当に、和也に、殺人鬼に怯えていただけの一般人だ。
悔しくて、しかしそう思うことすらおこがましいほどに和也はとてつもない存在で、それがまた悔しくて。
しかしおれの和也が、そのように凄い人物であることが、こっそりと誇らしくて、それもやっぱり悔しい。
当の和也はカットの声がかかったとたん、ころりと表情を変えた。
いつもの、おれのmamで、おれの大好きな和也にシフトチェンジしていた。
「じん、じん!ああおれ、感動で泣いちゃうかも、じん上手だったぞ!!
こうゆうのも親子競演てゆうのかなぁ、ホラおいで、じん、ほっぺほっぺ!」
三つの頃からまるで変わらない態度で、和也はおれの頬に変わらないキスをくれる。
監督は笑い、マネージャーは嘆息し、スタッフたちは呆気に取られていた。
和也はそれにも気付かず、おれに抱き着いて上機嫌だ。しまいには髪も撫で回す。
メイクさんが、あ、と呟くのをおれは聞き逃さなかった。
「亀梨サン親バカすぎでしょ」
笑いすぎて引き付けを起こしそうになりつつ、監督が言う。
「…いやもうほんとすいません、ホラ和也離れなさい、次の撮影もあるし、ああちゃんとメイクさんにも謝って」
おれが和也を宥めすかしていると、
「…どっちが親かわかんねぇな最近」
スタジオの隅でひっそりと見学していた社長が、頭を振り振り、今日はじめて口を開く。
それでも和也は気にもとめずに、おれを賛辞してはハグを繰り返した。
ドラマの視聴率はまずまずといったところか。
裏番組に強力なバラエティがあることを鑑みれば、かなりの健闘といってもいいのかもしれない。
和也をよく知るおっかけの方々は、彼が可愛がっている息子(それもなかなかのイケメンに成長した)との共演ということで、黄色い悲鳴を上げまくっていると何かで聞いた。
そうではない方々にも、「亀梨の演技がすごい」と絶賛を受けている。(その方々には、イケメン新人刑事というチョイ役のことはあまり記憶に残していただけていないという自覚はある)
なんたってメインは、和也演じる冷酷な殺人鬼と、
山下さんという人気俳優が演じる、殺人鬼に恋人を殺された男との対決だ。
そこに、殺人鬼の親友役の上田さん、殺人鬼の相棒役の田口さん、山下さんの弟役の田中さん、おれの上司で刑事役の中丸さんらが絡んで、
ぐるぐるどきどき大変なことになっちゃうサスペンスもの。
けっこうなキャストを揃えちゃって、予算はどうなんだとかやりすぎとかいう世評も受けたりしている。
まあそんなだから、駆け出しのおれなんかは一話につき5分も登場すればまだいいほうだ。
おれはそれで当然と思っていた。実力がぜんぜん全く足りていないのだ。ただの素人。悔しいがそうだ。
和也に少しでも追い付けるように、この撮影が終わったら本格的に、演技の勉強をする学校に入るつもりでいた。
しかし、新しいイケメンを求める目敏い女の子らが目を付けたのか、おれは何故か人気を得た。
例の、和也と(ちょこっと)対決するシーンのある五話目が放送されるや、
「新人ながら光る演技!」だの「期待の実力派イケメン!」だのと雑誌が書きたてた。
違うのに、あれは和也がそのように演じさせてくれただけなのに。
何をどうなったのか、歌までリリースする羽目になったのは、鼻歌をうたうシーンのあった九話のせいだ。
違うのに、少しばかり歌が好き(上手いのではない、ただ好きなのだ)なのは、和也が小さい頃から褒めて褒めて褒めまくってくれていたからなのに。
それでも和也が、
「じんが活躍するの、おれ嬉しいよ!」
ととびっきりの笑顔で背中を押すものだから、
「えへ、そうかな」
と踏み出してしまうところが十五年の躾の成果だ。
やるならば真剣に、とボイストレーニングまで受けてリリースした歌、そのPVに和也が出演した。
なんのことはない、本人の熱烈な希望だ。
コネとかフル活用してみた、との親バカぶりである。
おれは呆れつつも、この上なく楽しかった。
PVでは和也はおれの兄という設定だった。(実年齢は設定よりかなり離れているが、和也はハタチの青年から老人役までこなすプロ中のプロだ)
ドラマの撮影と違い、おれはいつもどおり和也に甘え、和也はいつもどおりおれを甘やかした。
とりたててなんの変哲もない、家族への感謝の歌だった。
もちろん精一杯に歌ったが、新人の、しかも素人の、話題性といえば和也の出演しているPVくらい、というその歌が、
まさかオリコンで一位をとるなどと誰が思ったろうか。
PVの効果だ、と社長は断言する。
たいへんなことになっちまうな、とも予言する。
おまえはやっぱりおまえのママ(和也)の子だ、どう育てたらこうなるかねえ、ただの天才だ、とは妄言か。
「おれはただの、
…マザコンなだけのアホなガキだよ」
呟くが、社長は静かに笑うだけだった。
一方、和也はおれの一位取得に舞い上がり、
…シリアスな雰囲気をぶち壊してクラッカーを鳴らしながら社長室に乱入してきた。
なんと続きますた