まほうつかいじゃなくなったまほうつかいは

まほうつかいじゃなくなったその翌日

女の子を拾ってきた。

















〜まほうつかい(元)のおはなし〜
















おれはそれはそれは驚いたのだが

おれを拾ったとき同様、それはまほうつかい(元)にとっては当たり前の行為で

たとえばきらきら光るガラスの欠片を拾い集める子どものよう。


女の子に名前を聞いて、そしたらその子は「イチ」と名乗った。

まほうつかい(元)はその子に名前があったことに安心したようだった。



「だってもう、じんのときみたいに、暖炉の魔法、使えないからさ」



そうだった。おれの名前は、古ぼけた暖炉から埃っぽい煙とともに吐き出された。

まあそれはどうだっていいのだ。

名前というのは、大好きなひとに呼ばれて初めて意味を成すものだから。



「イチ、イチ、イチ、」



「イチ」は何度も自分の名前を言った。

一生懸命、わかってほしいみたいだった。

指を四本ばかり立てたのは、自分の年齢を伝えようとしているのだろうか。



「イチだよ」



まほうつかい(元)の、ひらひらの黒い服に、小さな指がしがみつく。

小さな爪の間には泥が詰まっていて、小さな手の甲には傷がたくさんあった。

とにかくおれは、もうその子の背丈の倍くらいは大きくなっていたので、「イチ」を抱っこした。

よく見るとからだじゅうあざやら傷やら、服を脱がせて手当するのが怖くなるほど。



「イチだよ」



小さな手は、今度はおれの肩の辺りにしがみついた。

不安げな大きな瞳、前歯は永久歯が生えかけで、服装に至っては大人用のものを無理に折り曲げて着ていた。

髪はざっくりと切られていて、櫛でとかすことを教えられていないようだ。



「イチ、ね。わかった。おれはかずや。こっちがじん」

「かずちゃん。と、じんちゃん」

「うん、そぉ。で、イチ、風呂はいって、ごはんにしよう?」



まほうつかい(元)は、「イチ」の、汚れた頬を人差し指でつついて、少し笑った。

うん、おれの大好きな笑顔だ。



「というわけで、じんおまえ晩飯担当。よろしく」

「おれもお風呂担当がいいんですけど。」

「うっわ、えっち!ロリコン!!」



自分を棚に上げひどい言われよう。

じゃあ自分はどうなんだ、と聞いたら、



「おれはおまえ一筋だからいーの」



そう耳打ちされて、おれは思わず、なんでもする!おれなんでもするー!とか叫んでしまっていた。

まほうつかい(元)はそれを見てけたけたと笑い転げた。

「イチ」はといえば、そんな遣り取りを控えめに笑った。・・・笑顔が少しまほうつかい(元)のそれと似ていた。
















「あがったー」

「あがった〜」



声がひとつ聞こえて、オウムのようにもうひとつ。

すっかりまほうつかい(元)と「イチ」は意気投合したようだった。

「イチ」は泥だらけだったからだじゅうを、今は石鹸の匂いに包まれている。

あざやら傷やらは、全てまほうつかい(元)が手当てを施したらしく、服の下からところどころ、不器用に巻かれた包帯が見えた。

彼女は変わらず控えめな笑顔を、それでも顔じゅう炸裂させて、テーブルに並んだ出来立ての料理にくんくんと鼻をひくつかせ。



「んーじゃいただきますしよっかー・・・って、この服どーしたの?」



タオルを頭に被せてやりつつ、湯上りの二人に席を勧めた。

ふと気付く。

小さな女の子の着ているものが、小さなその体にぴったりのものだということに。

はたして、まほうつかい(元)はいつの間にこんなものを仕入れてきたのだろうか。



「ん?これ、覚えてねえの?おまえが小さい頃着てたやつなんだけど」



フライングで料理にすでに箸をつけていたまほうつかい(元)は、こともなげに言ってのけた。

そんな古いものをまだ持っていてくれたことに感動を抱きつつ。

なんだか照れくさくて、頬を掻いた。



「んーでもやっぱ、おんなのこなんだから女の子用の服も買わないとなー」



本人のほうを見やると、無我夢中で料理に口を付けていた。

箸を使うことは知っていたようだから、食事くらいはぎりぎりなんとか摂らせてもらえていたんだろうかと思い、少し安心した。



「あーなんか、すっげめんどくさくて楽しいな!こどもって!」

「まぁそうだけど、これ以上こどもばっか拾ってこないでよ。・・・おれのせいで我が家は、無職が二人きりなんだから」



まさに、そう。自身を咎めるにしてもいたたまれない。

実際のところお金は有り余っている、それはまほうつかい(元)が今まで頑張って働いたからだ。

しかしそれも無尽蔵ではないのだから。


まほうつかいからまほうを取り上げた、ただの人間はきっと、一生それを悔やんでしまうのかもしれなかった。



「ばかじゃねーの。じんおまえ、明日から職安いけよ。おれはうちが好きだから内職探すし」

「へ」



まほうつかいは呆れきって、箸の先をおれの額に突きたてた。



「へ、じゃねーっつのこの甲斐性なし!無職ってアホか!

 今までおれがさんざん働いたんだから、今度はおまえが働いて、イチだってデカくなったらそんなおまえ見てちゃんと働かなくちゃって思って、

 世の中ってそぉゆうもんだろーよ!」



「イチ」はようやく満たされた腹に多少なりとも満足したのか、大きな目でこちらを窺う。

喧嘩しているように、そのおさない瞳には映ったろうか。

おれがまごついていると、まほうつかい(元)はいきなりおれの頭を撫でた。



「昨日もゆったと思うけど、おれは後悔してない。いっぱい考えんなよな。

 だっておまえはおれが好きで、おれもおまえを好きなんだから」



なんともオトコマエな、だいすきなひと。

まほうつかいからまほうを取り上げた、ただの人間はきっと、やっぱり一生それを後悔して、けれど心から誇りに思う。




「・・・かずや、だいすき」




まほうつかい(元)は目を細めて、何事もなかったみたいにして食事を続けだした。



「イチもかずちゃんだいすきー!おかわりー!」



成り行きを固唾を飲んで見守っていた「イチ」にも、ようやく控えめな笑顔と食欲が戻ってきた。
















数日経って、おれは当たり前のように「イチ」を家族だと思っていた。

女の子用の服、も、家族なのだから当然、買ってやった。

手を繋いで買い物にも出かけた。

まほうつかい(元)をまだまほうつかいのままだと信じている近所のおばさんも


なんだかあんたたち三人、親子みたいね


と、ひまわりみたいな笑顔で笑ってくれた。

ついでに庭に咲いたひまわりを一本「イチ」に持たせてもくれた。


まほうつかい(元)がまほうつかい時代に作った魔法の植物栄養剤は未だ健在の様子で、

夏も終りかけというのに、そのひまわりは大きく生き生きとしている。

まほうつかい(元)は、栄養剤のお礼よと笑うおばさんに


店じまいだよ


と呟いた。

おばさんは悲しそうに、聞こえないふりをして、

もう一本ひまわりを、まほうつかい(元)に渡した。

まほうつかい(元)は、今までの魔法のお礼よと笑うおばさんに


ありがとう


と呟いた。




「・・かず、おれ、」

「今日の分の買い物したら職安いくぞ」

「うん」

「・・またおれに謝ったりしたら殴る」

「うん」















買い物を終え、家路につく。

左手に大きな荷物(買いすぎたのは自分のくせにまほうつかい(元)はひとつも荷物を分担してくれなかった)。

照りつけていた太陽が雲で少し翳った。



「なぁ、イチってゆう名前、誰が付けたの?」



少しでも小さな家族について知りたいと思い、

おれは小さなその手を引きながら目線をやった。

「イチ」のもう片方の小さな手は、まほうつかい(元)の黒い服の裾を握っている(まほうつかい(元)は今も変わらず黒い服を愛用している)



「おとうさんがつけてくれたんだ!

 一号

 ってゆう意味だよってゆってた」



おれは、なるほど、と頷きかけて、ふと立ち止まる。

自分も親に名など付けられた記憶はないが、

自分の子どもを「一号」と称するのはちょっとおかしいのではないか。



「一号?」

「イチ、最初に生まれたから、一号」

「・・・、」



小さな少女は、なんでもないことのようにそう言った。

実際なんでもないことだと思っているのだろう。




「イチのおとうさんは、イチが嫌いだったから、

 なんにもくれなかったけど、ときどきごはんもくれなかったけど、

 なまえだけはくれた」



舌足らずな口調で、大人びたような内容を。

内容は大人びたようなのに、本当に幼子らしい笑顔で話す。

本当に幼子らしい笑顔なのに、おれには胸が痛くなるような。


「イチ」は、父親に名前をもらったことを心から喜んでいるんだ。

それがいたたまれない。



「よかったな」



ようやくまほうつかい(元)が口を開いた。

表情からは何も読み取れない。同情も憐憫も、怒りも。

「よかったな」の真意すら。


続けてまほうつかい(元)は話しだした。

小さな子のための、やさしくてゆっくり開くくちびるだった。



「おまえの父親に興味はないけど、

 イチってのはいい名前だと思うよ。

 「市」は、いつも明るくて活気にあふれてて、力強い。

 「一」ってゆうのはホラ、一番とか、最も優れてる、って意味で使われるだろ?

 「イチ」は明るくて一番で力強くて優れてて。

 ちょーすごい名前じゃね?」



ものすごいこじつけだったけど、

彼が本気だったので、ものすごく説得力があった。

けれど、それを聞くやいなや

イチはさっきまでのような笑顔をなくし、うつむいた。



「イチがそんないい子なら、どうしておとうさんはイチをいっつもたたいたんだろう」



小さな、小さな声だった。

おれは思わず、息を飲む。

とっさにまほうつかい(元)を窺い見た。

当のまほうつかい(元)はイチを見て、「おれにはわからない。」

と言い放った。

おれは慌てた。そうだ、まほうつかい(元)は曖昧なことをはぐらかすように言うのが嫌いなんだ。




「おまえの父親の気持ちはわからないけど、おれたちはイチがいい子だってことをわかってる。

 おまえの父親がなに考えてたんだかわからないけど、おれたちはイチをこれから先ずっとたたかないってこともわかってる。


 おまえの父親なんか知らないけど、おれたちはイチと知りあえて、家族になれて、よかったと思ってる」





まほうつかい(元)は

きれいに微笑んで。それはそれは、きれいに。



イチも今度こそ笑顔になって

おれはなぜだか、鼻水をたらして泣いた。

きっと今おれは、イチのため、というよりは

自分のためにないてる、親に捨てられたあのとき、泣けなかった自分が哀しくて愛しくて。

あのころのおれごと、まほうつかい(元)の真摯なことばは包み込んでくれた。

目からも鼻からもとまらない。


イチは不思議そうにおれを見た。

まほうつかい(元)は往来の真ん中で恥ずかしいだとかおれから離れて歩くとか言い出して

でも結局、左手にイチを抱き上げて、右手にはおれの手を握っていてくれたんだ。



「かずちゃん、ちからもちだね」



イチは笑う。おれも泣きながら笑った。


イチのてのひらのなかの

ひまわりが、ゆれた。
















後日。

新しく買ってもらった服を着て、満足気に家中を走り回るイチに

不意に耳打ちされた。





「ねえね、じんちゃん、

 かずちゃんって、まっくろな服きてるけど

 むかしいちどだけ教会で見た


 天使さまにそっくりだとおもうんだ」



























私というやつは本当に
いっそ本人の境遇恵まれていないんじゃないかと皆さんに心配していただけるほどに
擬似家族とかそういう設定が大好きですね

いつぞやの家族モノでは息子(?)が登場したので
今回はムスメを登場させてみました
誰一人としてこんなアホウな展開期待なさっていなかったろうとは思いますが
お付き合いいただいてありがとうございました・・・