おれの、めちゃくちゃなのはいつもだ。

とびきりひどいのが今だ。

前代未聞、めちゃくちゃのぐっちゃぐちゃ。








めちゃくちゃ








始業式が始まって終わる。

久しぶりの始業ベルが柔く厳しく耳を食んで、以降おれの耳はまともに動かない。

誰の話でもいつもどおり聞いて、笑って、ばかにして、ばかにされたら怒って。

なのに山下と亀梨の声だけどうしても、ききたくないとわがままを言って困る。

大好きな二人なんだ、とどれだけおれがなだめても、耳はわがまま病にかかってしまった。


担任のはげあがった頭をじっくり見たせいで、次は目がおかしくなった。

きらめく夏休みの直後に、毒素が強かったのだろうと思う。

視界に入る太陽も、校庭で水をくれと頭を垂れる花々も、鳥も人もはげも

2.0の視力を誇る右目と1.5の左目が、世の中すべて、像をきちんと結ぶのに

やっぱり山下と亀梨だけは、排除しようとがんばる。

もっと別のところで、去年透けてくれとあれほど願った女子の制服を透かしたりだとか、そういうところでがんばればよかったのに。


最後に手だ。

携帯電話に触れなくなった。

触れなく、なった。






「よー赤西、おめーらどしたん」


帰りのホームルーム中、あーだこーだと話を終える気配のない担任を差し置いて、

田中がガラリと1組のドアを開ける。(6組は優しい初任の先生だから、ホームルームなんてものの5分と聞いている)

しかも前側、教檀横のドアを、という大暴挙。


「げ、まだ終わってないのかよ、ちょぉセンセ、赤西借りていいスか?」


その上ずかずかと教壇前を闊歩し、おれの首根っこを掴むと持ち上げた。

お愛想程度の敬語と疑問形、有無を言わさぬ形相で教師に断わりをいれた田中は、

誰の許可も(おれ自身の許可も)待たずにおれをそのままずるずると

廊下へと引っ張りだした。

とそこに待っていたのは、腕組みして片眉を吊り上げる上田で、

ああなんだかよくわからないけどおれは死ぬかもしれないと思った。


「えーなに、おれ、インネンつけられんの?」


冗談めかして告げると、「もっとひどいよ」と上田が笑った。

ああやっぱりよくわからないけどおれは死ぬような感じだ。

田中が、ずるずるずると廊下をさらに引っ張り、クラス横の階段まで引きあげた。


「さて。で、赤西君はどうしたいのかな」


一年生は三階の教室を使用しており、さらにその上、屋上に続く踊り場、

少し埃っぽいそこがいかにも田中に似合った。

ずどんと効果音つきで階段一番上に座り込み、やっぱり田中も笑っているわけで。


「え、は?なに?」

「いやまあね、赤西とか山Pクラスになるとさ、女の子から情報が逐一入るわけ、

 今日どんなことしてるとか、どんな会話してるだとか、どんなケンカしただとか」

「あ、はい、いちおうおれらかっこいいしー?」


えへへと四段下から笑うと、さらに二段下に構える上田があっはは!と初めて聞くような声を出した。

それから間髪入れず立ち上がると、伸びた足をおれの顔面横に叩きつけた。

耳のそばでがらんがらん音がしたのはたぶん、階段に取り付けられている滑り止めが衝撃で外れたのだろう。


「うんまあどうでもいいの、ああそうって感じ、おまえと山Pが絶縁しようが刃傷沙汰になろうがそこは別にまあいいわけ、

 でもほら、な?かめちゃんにまで被害が及ぶとなると、シメねえわけにいかねーじゃん?」


どうしていかないことになるのか無い知恵を振り絞っても答えは出るわけもなく。

冷静に足をどかして、冷静に相手を睨んだりして、

とりあえずおれの頭は容量は少なくても冷静であることをアピールする。


「てゆか、なんで亀梨?おれ別に亀梨になんもしてねえし」

「かめちゃんがおれに泣きついてきたんだよ!

 てめーが自分の話を聞いてくれないし、目も合わせてくれないし、メールしても答えてくれないって!」

「え゛」


芯の強い子だから、こんなふうに相談されるのはじめてだ、てめえよっぽどひでえことしたんだろ、

というのが二人の見解だった。

おれはもういちど、驚く喉で濁点音を吐き出す。

いやほんとにおどろいた。びっくりした。きょうがくした。


亀梨が。

おれのことで、おれのことで、

そんなふうに。


おれのしまりの悪くなった口もとを見て、上田は殺気をそがれたように、溜息をついた。

田中も同じくだった。どこから取り出したのか、あのうちわを片手に、

斜め上から落ち着き払って申し出た。


「なんか複雑なら、きくけど、話」


呆けたまま、さすが親分は違うね、と器のでかさを褒めると、

今度こそ踵が降ってきた。





1組もホームルームが終わったらしい。

ざわざわした空気が、そのまま階段をよじ登って、

おれたちの肌にも届いた。


おれは、一切合財、この不良坊主(あだ名)と暴力ボクサー(あだ名)に打ち明けた。

すべて聞き入れたのち、無言で眉をしかめるのが不良、またわざとらしく笑って見せるのがボクサー。

と、階段を駆け上がる音、すり減ったシューズが2足。

きっと、さっきの騒動で何事かと心配した、山下と亀梨だろうと思う。

亀梨の黒い髪が目に入ったその瞬間、


「教えてやるこのにぶちんこ、そりゃあな、恋っつうんだ!!」


にぶちんこって、と思う間もなく殴られていた。

上から四段目から軽く吹っ飛ぶおれの体は、

ボクサーの右腕に下手に逆らってはいけないと本能で察知したようだった。

亀梨が必至の形相で「あかにしく、」と叫ぶ。

山下が少し遅れてやってきて、「かめむりすんな」と言おうとしたらしい。

何が無理なんだろう、てゆか耳と目、治ってる、と考える余裕があるほど、

スローモーションのまま吹っ飛び続け、やばい落ちると思った。

やばい落ちる、落ちる、

恋、ああ、恋って、そうか、落ちたか、おれ。

亀梨に落ちたのか。

なっとく。


ぐにゅり。

なにかが、おれを支えてくれた。


「・・・かめ!!!」


叫んだ声は親友だ。恋敵でもある、と今では認識できる。

じゃあ、真っ先に駆けつけてくれたはずの、

肝心の恋のお相手は。



「う、うーん、あかに、しく、

 だいじょ、ぶ」



王子様よろしくおれを受け止めて、

それでも綺麗に笑っていた。

おれは別にお姫さまじゃないけど、

むしろ立場は逆であってほしかったけど、

かんぜん惚れた。もう惚れた、これはもう落ちすぎた。


「いたく、ない?」


それはおまえが、おまえのほうがと思ったが、あまりのことに喉にはりついて音が出てこない。

巻き添えを食って、どこにぶつけたのか唇に血の玉をのせて、それでもおれを気遣う、

童話に出てくる、正しく優しい少女たちのようだと思った。

こんなになにもかも綺麗な人間が、現実に存在することに驚く。


金魚のように口を開閉しながら思った、

もう今後一生、こいつにけがをさせたくないと。







そうしたら

やっぱりまたも無意識に、


「あの、きょう、ごめんね、なんか、おこられるようなこと、おれ、」


何ごとかつぶやく亀梨の唇の血を、

咄嗟、おれの舌で拭っていた。


耳も目も正常になったのに、今度は口が暴走しました。











他三人絶叫だと思う