オタクと!〜オタクとジャージ〜
亀梨は、親鳥に対する雛鳥のそれのように、問答無用の信頼を赤西に寄せていた。
警戒心が強い分、一旦懐に入ってしまえばそれはもう、亀梨にとって赤西という男は夢のように出来過ぎた友人だった。
それでも高校では、赤西までヘンな目で見られないようにと気を遣う亀梨が赤西にはいじらしくて、切なかった。
そこで、一緒に昼飯食べようだの一緒に登下校をしようだのしつこいくらいに構い倒していたらなんと、
ほとんど埃を被った地学準備室なるものに呼び出され、真剣に説教をされた。
「赤西くん、おれはガッコでは、一人のほうが動きやすいの!妄想しやすいってゆうか。
そりゃあ寂しいときも前はあったけど…今は赤西くんが味方だって、わかってるから、だから大丈夫だし」
亀梨のハートは一年と半年かけて、すっかり頑丈になってしまっていた。
赤西がそれにすらも傷ついたような顔を見せれば、亀梨はやれやれとでも言いたげに、「ガッコでどうこうしなくても、毎晩赤西くんちで仲良く遊んでるじゃん?」とひそやかに赤西に告げ、控えめに笑う。
そうだ。そうなのだ。
なんと赤西と亀梨は、公園で別れた次の日から、毎晩のように赤西の部屋でゲームをしたり話をしたりたまに勉学に勤しんだり、そして何より、執筆活動を行っていたのだ。恋人といえどかくや、…毎晩、である。
亀梨が妄想し、書き、自分が主人公の物語を赤西自身が添削するという、何とも奇妙な光景が夜な夜な繰り広げられているわけで。
「今日もいってもい?」
亀梨は(当然だが)なんの打算もなく小首を傾げ、赤西に投げかける。
今日はコンタクトを切らしたのか黒ぶちの眼鏡を着用、オタクをますますオタクに見せているそのレンズ越しでも十分に、赤西はドキドキした。
「…つ、次、第三章、だっけ」
「うん!」
亀梨が純なオタクであればあるほど、なんとも赤西の罪悪感は大仰に胸にはためいて、
罪滅ぼしに亀梨が妄想を炸裂させているノート(三冊目も残り少なし)の上に、そっとイチゴ牛乳のパックを差しいれておくのだった。
「こんばんは」
相変わらず人見知りの亀梨は、玄関口で消え入るような声で挨拶をして、そそくさと赤西の部屋まで駆けてくる。
胸の中で、おじさんやおばさんやれお君(漢字はまだ知らない)に会いませんように会いませんようにと百回は唱えて駆けこむ。
それが、赤西の部屋に入り目当ての人物を視界に見とめたとたん、ふうと一息ついてリラックスするから、赤西としては嬉しくてたまらない。
「おれの家族、別に鬼じゃねんだから」
「対人きょーふしょーなの」
亀梨はなんともオタクくさい症状を軽々と口に上した。
対して赤西は、あっそ、と多少の突き放し、ラポートを築きあげた関係ならば容易い問答。
亀梨にしたって、なんだよ、と唇をとがらせながらも、真剣に怒っているわけではなく、
これは亀梨にとって夢にまで見た、気心の知れた友人との気の置けないやりとり、というやつだ。
「ふふ」
「なーに笑ってんのー」
赤西は少しだけ決断して、後ろから亀梨を抱きしめてみた。
あくまでただの、男友達へのスキンシップだと思いこませるために、腕の力の加減やら軽口を叩いてみるやら努めて普通を装った。
やはり亀梨は、世間の普通に疎いので、そんなものかなあとあっさり納得して、なんと腕をぎゅうと握り返した。
「赤西くんといると、ほんとにいい、」
さらに思ったままを口にしたから大変だ。
亀梨が夢心地で、親友とのじゃれあいを楽しんでいる最中、
赤西はといえば理性をフル起動させ、必死で自分の下半身と戦っていたのだから救われない。
「だ、第三章、だったよな、」
自分の仕掛けに自分だけ嵌り、面目をつぶしながらも、
思考を切り替えようと赤西はパソコンを立ち上げに机に向かった。
名残惜しくも離れた腕の感触。電源ボタンと同時に深呼吸、パスワード入力と同時に素数を数えた。
亀梨は何の疑問も持たず、ごそごそとノートとUSBを差しだす。
「あ、うん。さっそく添削お願いしてい?」
亀梨は一度、あらすじや設定、物語の骨となる部分をノートに書き込み、それに肉付けしたものを自宅のパソコンで打ち入れて、そのデータを赤西に添削してもらっている。
赤西としても手慣れたもので、USBを差しこむとすぐに第三章を開き、黙読している。
ジンという名の男が、敵対する組織のデータの詰まった脳を持つ女の子をその組織の追手から守りながら、彼女の祖父でもある依頼主のもとまで送り届けるという内容だ。
はじめは、主人公が銃も剣も扱えて体術だって得意で超能力も使えちゃうとんでも設定だったが(もちろん必殺技もあった)、
意外にも大変的を射た赤西の指摘のおかげで、なんとなく万人に受け入れられるような代物になってきていた。
赤西は第一章の読了後、決して笑ったりせず、真摯に内容を熟考することを申し出た。
コーヒーを片手に、茶色い髪をゆるく後ろでまとめて、亀梨のそれとはオシャレ度の全く違う黒ぶち眼鏡を鼻先にひっかけた赤西を、心底かっこいいと亀梨は思ったものだ。(赤西はパソコンに向かうときだけ、眼鏡を着用する)
まさに、亀梨の思い描くヒーローそのもの。その彼が、もう少し内容を絞ってみるのはどうかと言い出せば、否はありえなかった。
そうして実際、彼の推敲を素直に受け入れれば、亀梨のごった煮物語は見違えるほどに面白く、分かりやすくなったわけで。
第三章は、面白さを追及しながらも読み手のことを考えて書いた亀梨、彼にとって今までにないことだった。
「どう?…かな」
「んーと、いいね。これとここと、前後関係わかんないからそこらへんしっかりすれば、かなり良くなると思う」
今回も編集者のようなコメントののちスクロールを終え、コーヒーのカップをこつりと置いて眼鏡を外すと、赤西は全力の笑顔で亀梨に向き直った。
「ってかやっぱ亀梨クンすっげえわ!どしてこんな展開思いつくの!?」
赤西が、早く続きが読みたいと正直な感想を口に上すと、亀梨は(自身の大嫌いな)トマトのように真っ赤にのぼせて、
そうかな、嬉しいな、とごにょごにょ言った。
パソコンの画面ではちょうど第三章の末尾、主人公が、女の子の父親と名乗る若い男と出会ったところであった。
「このキャラクター、悩んでんの。
女の子はこの子一人にしたくて、でももう一人主要人物作りたくて出したけど。
どーゆう性格設定がいいんだろ」
「あのさ、おれ、ゆっちゃっていいの?」
「どぞどぞ」
「んー、主人公と真逆な感じで、ほら、主人公がおれなら、新キャラは亀梨クン自身にしてみたらどう?」
「えええええ」
「や、マジな話。」
亀梨は大仰に驚くが、赤西はいたって真面目だ。
物語は、百倍も面白くなると確信していた。
少しだけ邪な動機もあった、赤西は物語の中で、亀梨と旅をしてみたかった。
「この子のパパは世間知らずの研究者タイプでいいじゃん。
武器はてんで扱えないけど、作るのは凄腕っていう」
「お役立ちオタクかぁ」
「ぶっは、ああうん、そうそれ、おもしろそうじゃね?っく、ははは」
「おもしろそだけど、…ちょ、赤西くん笑い過ぎ」
相変わらず亀梨という男は、赤西の笑いのツボを心得たような発言が多く、赤西はやはり亀梨といるこの時間と空間がたまらなく好きだった。
亀梨もふてくされたようにしながらも、同じくたまらなく楽しくて、嬉しくて、ノートを見たのが赤西でよかったとさえ思うようになっていた。
だってあの日の、あの夕焼けの燃えるような赤やあの空の抜けるような青は、亀梨の筆をこうも走らせる、その原動力に他ならない。
そして合わせて思い描くのは、親友と呼べる存在の心強さと尊さだ。
第四章も頑張ろうと気合いを入れながら、ふとそばにあった姿見に目をやって、亀梨は突然奇声を発した。
「あああ!」
涙まで流さん勢いで笑っていた赤西も、さすがに異変に気づいて慌てた。
どうしたの、と声をかけると、亀梨はぐわあとか言いながら真っ赤な顔を隠した。
さらに、なんでゆってくんないの、と消え入りそうに赤西を非難する。
「おれ、今日ジャージじゃん!しかも中学の…」
そうだった。
ご丁寧にも胸には中学名及び「3−4亀梨」とでかでかと張りつけてある。
足首までぎゅうとしめつけるタイプのズボンは、いかにも古めかしく、しかし抜群の着心地のよさから亀梨は部屋着として愛用していた。
それにしたっていつもは、いちおうは別の服に着替えてから来訪していたのだが。
自分の芋くささがもういたたまれず、文字通り亀のように縮こまるしかなかった。
「…え、そこ?」
対して赤西は、今更?と思う、近所だからとパジャマで来たこともあったし(スウェットじゃなく、ちゃんとパジャマだった、赤西は不謹慎にもちょっぴりどきっとした)、
普段着にしろ、亀梨の所有している衣服は失礼ながらこのジャージと五十歩百歩のセンスのものばかりだ。
だから今日のジャージ姿の亀梨を見たところで、赤西は特にどうとも思わなかったのだが。
「だって!赤西くんがかっこよすぎて!だから!横にこんなカッコでいるのがあんまりにも」
要するに、姿見に映ったジャージ姿のオタクおよびその隣でパーカーを着こなすイケメンを見て、愕然としてしまったというのが亀梨の言い分だった。
身悶えしながら亀梨は言い訳をする、
「第三章はやく見せたくって、赤西くんにはやく会いたくって、こんな服のまんま来ちゃったんだもん」
つまるところ慌てた原因はあなたに会うためですと、激白した。
呟きは赤西にクリーンヒット、パソコンの前で各々悶絶する若者たち。
パソコンの画面がてらりてらりと、淡く情けなく二人を照らす。
「わ、わかった。じゃ、じゃあ、そだ、服、服また貸したげるね、」
「え、わ、いいのに、うちにあるのに、」
「あーうん、いいの、ほらほら、早く」
へんなの、といいながらも、USBを丁寧に鞄に仕舞い込み、亀梨は赤西の親切心を一ミリも疑わず上着をがばりと脱いだ。
赤西は努めて冷静を言い聞かせ(主に下半身に)、さて今日はどの服を貸し出そうかとクローゼットを開けた。
後ろではソックス、次いでズボンを脱いで、小さくくしゃみをする亀梨がいる。
「ふ、やっぱこのかっこじゃ寒、っくしゅ、くしゅ、」
「ちょ、くしゃみ、大丈…」
ぶ、と言い終わるか終らないかのうちに、赤西はぐりんと目を見開いた。
「え、あ、…た、短パンっ?」
「んー?最近寒いからさー、毛糸のぱんつのかわりに穿いてんの」
ジャージの下に、体操着(夏用)がお目見えした。
半袖のそれには、やはり「亀梨」とゼッケンが主張し、しかし真っ白なそこからのぞく二の腕、見えそうで見えない腋、
短パンは田舎の学校というだけあって今時みかけないぐらいに短く(少なくとも赤西の中学時代はハーフパンツだった)、陽に焼けない太腿がさらにまぶしかった。
赤西はそれらを網膜に焼きつけながら、さあ今からトイレに走ろうかどうしようかと迷っていた。
迷って、自分を制そうとして、失敗した。
「…さわりてえ」
「は?」
「は?」
思わず飛び出た一言に、赤西自身が一番動揺した。
触りたくてたまらなかったのだろう彼の深層意識は、容易く理性を食い破って表面化したらしかった。
パソコンがぷつりと暗くなり、スクリーンセーバーに切り替わる。
室内の照明が明るすぎて、亀梨のたたずまいがなんとも健全過ぎて、
そして自分が変態すぎて死んでしまいたいとまで赤西は思った、
これでこの心地よい逢瀬も、どころか亀梨との友好関係さえも途絶えてしまうのかと恐怖した、
ところが、当の亀梨は屈託なく、
「?いいよ」
なあんだそんなこと、とでも言いたげにあっさり了承され、やはり天地がひっくり返るほど驚いた、
さらに、
「さわってみなよ」
亀梨は赤西の手をとって、なんと自身の腰のあたりを、さすさすと、触らせて、
「どう?気持ちいいでしょ?」
などと言うから、もう世の中の何もかもがどうでもよくなりかけた、
まさにそのとき。
「ほんっとこの生地、部屋着にもってこいの肌触りなんだよな」
亀梨はそうにっこりとほほ笑む。
赤西もにっこりとほほ笑み、「トイレに行ってきます」と宣言をして廊下を駆け抜けたのだった。
長いこと拍手に居座りやがって
ほんともう
ごめんなさいでした