モブみたいなおっさんとの絡みがあるのでご注意を
四十路近いボスと鮫の熟年ランデブー話です
デキてない二人がデキるまでの話








僕のせいだ、すまない、と沢田綱吉が頭を抱える。

うぬぼれてやがる、とザンザスが嗤う。

任務は失敗、目撃者は速やかに排除ののち、プランBを遂行する。







プランbee







プランBだ、とバリトンが低く香る。

ザンザスは、おそらく眉ひとつ動かさず、おれにそれを伝えた。

イヤーモニター越し、了解とだけ返事をしてやって、それで交信は終いだ。

特に感慨はない。プランAの成功確率はそう高くはなかった、だからこそおれたちが、ここでこうして待機していたのだから。

隊服をさっさと脱ぎ捨て、ベルフェゴールが無言で差し出したジュラルミンケースを受け取る、中身を無遠慮にぶちまける。

必要と思われるもののみ選び取る、プランBだ、それは武器でも爆薬でもない。


「髪留めはこれでいいかぁ」

「…こういうときばっかり趣味がいいってのは、どうなんだろうね」


王子はぜんぜんまったく、いいとは思わないけど、似合ってはいると思うよ、

とまるで九つだった頃に戻ったようにして、切り裂きジャックは口をとがらせる。

このように可愛い男だから、つい甘い顔をしてしまうのだろうな、とそちらのほうが感慨深かった。


今夜の任務は、とある石油産出国のVIPより、とある情報を得ること、その一点に尽きる。

標的の生死は特に問わないが、殺すにしてもその情報を吐きださせてからというのが絶対条件だ。

プランAではかの要人の愛人(情報の共有が期待される)を拷問にかけたものの、か弱い女性と侮ったが最後、隠し持った毒を呷ったというのだ。

沢田綱吉は(この任務は沢田本人が指揮を執るほどの大掛かりなものである)任務失敗の部下を責めるより先に、とにかく自分を責めたらしい。

慈悲深い十代目ボンゴレは、プランBにおいておれが傷ついて可愛そうだ、とそう考えるというわけだが、

実質はヴァリアーにとんでもない借りを作ってしまうことに頭を悩ませたのだろう、女を拷問するほうをプランAに持ってきておいて、慈悲が聞いてあきれる、 全くとんでもない狸だ。

ちなみにプランBというのは、まあこちらも単純といえば単純、おれが色仕掛けで標的を誑かす、要約するとそうだ。

標的は男も性愛の対象となり、しかも銀髪がお好みとくれば、おれが行くほかにない。

ザンザスは表情を崩さず、Eランクの任務を告げるのと同等の口ぶりで、おれにその内容を知らせた。

任務決行の前日、つまりは昨晩の話だ。

男娼まがいの任務を引き受けるのは、実は初めてではない。

ザンザスが氷漬けにされていたときには、暗殺の仕事と同等程度の需要があった。

やかましく、ぶくぶくと肥えた妻に辟易している標的の目に、おれという珍しい毛色の子どもはそれはそれは魅力的に映るものだと、

そうにやけて言った上層部の糞爺どもがいた。

貞操観念などまるで持ち合わせのなかったおれは、ヴァリアーを守るためならと、嬉々として体を差し出したものだ。

ザンザスが舞い戻ってからは、さすがにそういったことはなかったが、ザンザスもその事実を知ってはいるし、

十五年のブランクがあっても使い物にならないわけではないと判断されたのだろう。





「これ、いくらすんの」


ベルフェゴールが、ついと持ち上げたのは、文字通りおれの首を締め上げんとするシルバーのネクタイだ。

おまえの思っているより、ゼロを一つ多くつけておけ、とだけ言うと、

じゃあ、たいしたことないね、だとかなんとか突っかかる、

そのくせにネクタイを締めてくれようとする、そして指先は震えている。

ベルフェゴールは、おれが娼婦のようなことをするのを、高貴な出自ゆえかたいへんに嫌っていた。

そのくせ当時から、変に聞き分けが良く、嫌っているだなんて一言だって漏らさず、

おれの“特別任務”のある夜には、

このわがまま王子がベッドに蹲って静かに泣いていた。

人を殺すことになんの躊躇もなくても、おれが心を殺しているその一点については敏感で、

今回もザンザスに食って掛かったのはベルだった。


「ボスは、ほんとに、ひどいよね。せめて、自分で着飾りにくればいいんだ。

 それすらおれに押し付けておいて、そのくせ、こんな上等の服を拵えてるなんてさ」


ベルフェゴールは長い前髪の下、わかりやすく憤慨している。久しぶりに労わられた気がして、どこかくすぐったい。

ネクタイは恙なく結び終えられる。

深い黒のスーツは、それでも美しいシルエットで、媚びることなく銀を引き立てる、とのこと。

プラチナの髪留めは肩の位置に鎮座し、靴は当たり前のようにオーダーメイドだ。

嫌味にならない程度に纏う香りはグッチのギルティ、皮肉がすぎていっそ笑える。


「先輩がキレイっていうのはほんと気持ち悪いね」

「任務だぁ、仕方ねえ。…マイクはずしててもいいぜぇ」

「…先輩がヘマしたら、だれがフォローすんの。ちゃんと、仕事、するよ」

「…そぉか。そんじゃぁ、こんなおっさんいまだに需要があんだか知らねえが、行ってくるぜぇ!」


努めて明るくホテルのドアを開け放てば、

ベルフェゴールは、自覚のないおっさんってのはタチが悪い、とすぐにこちらに背を向けた。

ザンザスはおそらく、この会話も聞いているだろうが、何をどうするでもないし、

おれとしてもその事実に何の不服もない。

ただの任務だ。

内容がどうであれ、ただの任務で、おれはヴァリアーだ。

この体を撒き餌にしようが、おれの矜持に罅が入りはしない。

何の不服も、ない。

ホテルの廊下は気分が悪くなるほどに豪奢だ。





夜景などには一厘の興味もないわけだが。

最上階で止まったエレベーターを、もったいぶって降りる。

なるほど、オーダーメイドの一点ものは、至極上品に大理石の床を鳴らした。

足音を消すのは職業病のようなものだが、怪しまれぬよう一般人の無防備な歩き方に倣う。

本日は、この靴と、メイドインフランスの柔和なスーツが戦闘服だ。

VIP専用のラウンジで、永久の待ちぼうけを喰らっているかわいそうな大金持ちを、攻略にかかる。

予約の偽名を受け付けに申し出て、ドライマティーニを注文しながら、取り出すのは携帯電話。

繋がってはいない、ザンザス以外の番号の登録もない、ただのおもちゃ、形骸だ。ところが、これがおれの本日の、相棒、武器、爆薬だ。


「そうかぁ、ならいいぜえ。あんたとはこれで、終わりだぁ!」


できるだけ派手に叫ぶ。相手が酔っているなら、多少芝居がかっていてもなんら問題ない。

繋がらない電話を切るふりをすれば、お呼びではない男が二、三寄ってくるが、自棄を気取って相手にしない、

今度はソルティドッグを舐め啜る。

おれはそう簡単に落ちないのだというところを見せ付けておいて、


「フロイライン、君もふられちゃったの?」

「…おれはお嬢さんじゃぁねぇよ?」


お目当てにはあっさり笑んでみせるのだ。

フロイラインとは、ドイツ人が染毛でもしていると思われたか。なんにせよ、とっかかりができればそれでいい。

獲物は餌に、深く深く食いついた。





おれのイントネーションで、すぐにおれの呼び方を「シニョリーナ」と改めた、

お茶目な糞爺は。

スイートルームに入って三秒で、おれを乱暴に押し倒した。

おかげで、スイートのなんの恩恵も受けぬまま、毛足の長い真っ赤な絨毯のみがおれの視界を染める。

オレンジの絵の具を白と黒とで薄く伸ばしたような、間接照明の仄暗いあかりがやわらに降る。


「きれいな子だな君は、シニョリーナ」

「…まぁだベッドにも着いてねえのに、お盛んだなぁ」


こんな猿のような男のために(それも老猿)、命を絶った愛人というのは、いったいいかな女なのか。

少しだけ興味がわいたが、罅のような皺の入った太い指が、おれの下腹をまさぐるからすぐに忘れた。


「そんな口をきいて、シニョーラ、私の正体を知ったらひっくり返るだろうねぇ」

「や、いやぁ…おれっ、シニョーラでも、ねえって、ゆってるのにっ…」

「たしかに、女性では…ここはこんなにならないだろうね?」


形だけの拒否も鼻にかかったような声も、くそ下らない怖気立つようなやり取りも、

すべては計算ずくだ。

ただ、これをすべてザンザスがマイクで拾っているのだろうと思うと、おかしな気分だ。

恍惚ともいえる。戦慄ともいえる。無感情を装ったって、混乱がゆっくり下っ腹を支配する。


ああ、おれだって猿だ。


今すぐにでも、マイクの先のベルフェゴールに縋りついて謝りたい気分だった。

今すぐにでも、マイクの先のザンザスに、罵倒と暴力を求めたい気分だった。