鮫でも剣士でもなく、ただの蜂だったな今日の働きは、
とザンザスが笑う。
針を刺しただけで、返り討ちに遭いそうになった、かわいそうな働き蜂だと。
ぐうの音も出ねえとだんまりを決め込むと、
おれに刺したのは毒針だったがな、とまた笑う。
ボタンの前を繊細に留め連ね、
床に寝そべったままだったネクタイを拾い上げくすぐったいほど丁寧に結い直した指先は、
そのままおれの頬を撫でまわす。
こんなに気障な男だったろうかと、赤面すら忘れ、瞬きを繰り返すしかないわけだ。
プランbee
沢田はザンザスに、このホテルよりも上等な、五つ星より上を三つほど紹介した。
すなわち、働きの礼としてとりあえず、VIPルームをいくつか押えたから好きに使えというわけだ。
ザンザスはそのうち、ここから一番近いホテルで休むとだけ電話に告げ、おれを荷物のように担ぎ上げた。
歩ける、と抵抗することすらままならず、ぽかんとしていると、
きゃんきゃん吼えねえのか、うるせえ口は開店休業か、うんぬん、楽しそうな主の声が降ってくる。
もうどうしたらいいのかわからず、
楽しそうだなあんたとだけ伝えると、ザンザスはそうだな、なんて答える。
おれは途方に暮れるしかない。
これは本当に、慣れ親しんだおれの主なのかとすら思うのだが、
焦がれ続けた体温、それを欲する心臓は、これこそが求めたものだと太鼓判を押していた。
わけのわからぬままリムジンに放り投げられ、別のホテルのドアマンに丁重に迎え入れられ、
要人のみ立ち入りを許されたロイヤルスイートまで案内される。
「ここでいい」とチップを渡しボーイを下がらせると、ザンザスはまたおれを肩に担いで足早にベッドを目指し、
そこに払い落した。
キングサイズのベッドは、豪奢な作りで幾分気恥ずかしい。
「いてえ!ムードもクソもねえなあんた!」
「これ以上ないくらいのお優しいエスコートだったろうが?」
ザンザスに大型獣のようにのしかかられ、そうして、驚くべきかな、
口に噛みつかれた。
お優しい言葉でいうところの、口づけというやつだ。
それだけで頭が真っ白になった。
ザンザスはなぜなら、今までどんなご令嬢にも高級娼婦にも、それを許したことがなかったからだ。
毒を仕込んでいることが稀にあるとの弁だった。
冗談だろ、ファーストキスまだなのかぁと思わず腹を抱えて笑ったことがあったが、そこから先の記憶がなくなっている、まあ手早く言えば殴られ失神した。
だから、ザンザスのキスは、百戦錬磨の見た目に反してとてもとても上手というわけではなかった、
ただ、
ただ熱かった。
太陽に灼かれる。砕かれたはずの右耳の石も、あわせて発熱しているように感じた。
熱い。
その熱がおれの正気をさっさと奪い取った。
嬉しいとか、好きだとか、愛しているとかセックスしたいとか、そういうことより先に、
死んでしまうと思った。
この熱を知ったら、もうこれでしか満足しない。この太陽を体内に迎え入れたら、おれはきっと燃えて死ぬ。
ああそれが、この上ない喜びだ。
ザンザスは性急だった。
いつもザンザスが娼婦やら婚約者(成婚に至ることはまずないが)を寝室に呼ぶとき、おれは護衛として次の間に控えている、
しかしこんなに余裕のない主はいまだかつてなかった。
薫るムスクが、汗に溶けて、麝香のようにおれを浸食する。
長い指先は、あっという間におれを裸に剥いて、そこで意地悪く静止した。
「どこに触れられて、どこを舐められた?言え」
「あ、あ!や、なんて、こと、」
「言え。聞こえなかったか?あのヒヒジジイにどこまで許したか、自分で示せと言っている」
「う、…怒ら、ねえ、かぁ?」
「知るか。今更気持ちの悪ぃ猫なで声はよせ、クソ鮫」
これ以上なく眉根を寄せているが、口調ほど不機嫌でもなさそうだ。
しばらく押し黙っていると、また口づけられる。
初めてのこの行為が、よほど楽しいのだろう。四十路間近のこの男にこういうのもなんだが、中学生のようでなんとも可愛い。
そう思い至ると、それを読み取った主が、今度こそ不快そうにおれの頭を殴ってくる。
やはり可愛くてたまらない。
「ん、ここ、と、ここ、とここまで」
「あぁ?銀髪がお好みの割に、随分とさっぱりしたもんだな」
「好みが変わってたんじゃねえかぁ。ボンゴレの諜報部を叱っとかねえと。
…あの女は、見事な黒髪だった」
「…わからんでもねえな。好みの変化ってのは。
おれは昔、馬鹿でやかましいのは大嫌いだった」
ザンザスはまた笑った。
なんだとてめえ、と悪態をつきながら、でもおれも笑った。
肩が揺れるほど笑いあうなどというのは、こんなことは、今まであったろうか。
二人分の振動を受け止めて、ベッドが上品にきしむ。
「で、てめえのここは」
「っひ!」
「とりあえず14年くらいは、使ってねえってこったな?」
なんてことしやがる、と声にしたいのに、衝撃で声帯が使い物にならない。
まあ、ケツに針仕込む仕事は、今後は別の蜂に任せておけ、とザンザスが独りごち、
その間もそこはまさぐられ続け、何かの液体でそこが滴る程になってようやく、解放される。
「っまえ、まえさわって…!」
「どうしておれがてめえの要望を飲んでやらにゃならん?」
「ザンザス、あっ、やめたら、だめだぁっ、」
主は、キスはお子様でも、指技は神がかり的に上手かった。
高級娼婦すら善がり悶えていたことを、今更のように思い出す、浅はかだった、ここまでとは。
前後不覚になるほどにされて、もはや何を口走っているのかすら分からない。
長い指。中が熱い。内側から燃える。
ベッドは安宿だろうが五つ星だろうが、かわりなく軋むのだということだけ理解する、
明るい照明、消してほしいとなけなしの理性で訴えたのに、ザンザスは口端を悪魔的に歪めて笑い、おれの両足を大きく開いた。
さらに鼻先をそこに近づける主の姿が目に入り、
あまりのことに蹴り倒しかけて、それすら片手でいなされる。
「おれの所有物を、どう見ようがおれの勝手だろう?」
「っばか、いやだ、きらいっ、」
「スコーラ・メディアのガキみてえなこと言いやがる」
先ほどのお返しとばかりに、中学生と嗤われ、
そのくせ上機嫌を隠そうともしないから、罵りかえすこともできない。
再び動き出した指で、おれの息の根をとめにかかる。
胸と、へそのあたり、それから耳、太もも、武骨な指はどうしてこんなに、水鳥の羽で擽るように繊細に動くのか。
「してほしいことを、もう一度ねだれ」
「まえ、さわってほしいっ…」
「それから?」
「あ、また、キス、して」
「ほぉ。それで?」
「入れてほしい、あんたが、ほしい、
言わせなくても、知ってるくせに…!!」
最後はほとんど絶叫だ。
主も満足したように笑い出した。
そして、そうして、二番目の願いだけ、手始めに叶えてくれて、
そのまま銀髪を一掴み、その口もとに手繰り寄せた。
「おれの鮫は、欲が深くてかなわんな」
赤い目がおれを射抜く。
また右耳がちりりと燃えた気がした。
久しぶりの律動は、確かに負担が大きかった。
だが、こんな幸福はなかった。
暗殺者に幸もへったくれもないとは思うが、生まれ落ちて今まで、こんなにも熱かったことはない。
「ん、…あっ、あっ、あぅ、ザンザス、ザンザスっ…!」
「痛かろうが苦しかろうが堪えろ。どうせやめてやれねえ」
「ぃた、いたい、痛いに、きまってんだろぉ、でも、でもっ、
…やめたら殺す…!」
少し驚いたような主の視線、だって熱が隙間なくおれのなかを埋めて、これを抜き去られたら凍えて死んでしまう。
ザンザスの背中にすがりつく。
恋い焦がれた火傷の痕に、こんなにも肉薄する日がこようとは。
好きだ。
気持ちいい。
セックスというものを、この男と、ザンザスとすることができて、こうもうれしいものなのか。
「避妊具もつけねえで、他人に欲情するなんざ、信じられねえ」
譫言のようにザンザスも呟く、
「だがまあ、てめえが毒針仕込んでいたとして、それでおれが死んだなら、
おれはきっともう、それはそれでいいんだ」
などととんでもない大告白をされ、また中学生の口づけを贈られて、
おれは弾けた。
あっけなく達してしまったことに羞恥を感じる間もなかった、主が律動を早めたからだ。
男を相手にするのは初めてだと思うのに、ザンザスは適確に、おれの頭をおかしくする場所ばかりを突く。
シーツの捩れた白、自身の髪が捩れた銀、快感が捩れて視界のそれらが赤く染まりつつある。
いまだ照明は煌々とおれたちを照らしているのに、そんなこともうどうでもよかった。
「おれもう、いってる、のに、ぁ、あああっ」
「知るか。やめねえとおれは言ったし、やめたら殺すとてめえも言ったろ」
「いく、またいく、出る、…っザンザス!」
「…、…………」
果たしておれは何を出したのか、そのあとザンザスが何を言ったのか、さっぱり覚えていない。
泥のような快感に首まで浸って、なぜだか泣いていたことだけ覚えている。
熱くて死ぬと思っていたのに、死ななかった、それが不思議でならない、だけど死ななかったということは、また次もこの熱を手にすることができるということか、
ああそれはとても良いなと思いながら、意識はそこで泥の底の底まで落ちて、
あの気の毒な薬指のことは、
もう、ちらとも考えなかった。
翌朝になって、信じられないほど笑顔のベルフェゴールが、
次の間でおれたちを出迎えた。
まあつまり、早い話、おれのピアスは石だけが砕かれていたわけで、
留め具部分の通信機能は生きていたのだ。
「センパイって、意外と声たけーんだね」
などと嘯かれ、ザンザスを死ぬほど睨んだ。
ザンザスはザンザスで、こめかみを押えながら「てめえの不始末をおれのせいにするな」と不機嫌をあらわにする。
ヴァリアーのトップと副官が揃って、とんでもない失態だ。
ベルフェゴールの後ろで、死体処理の報告をせんと構えるレヴィが発火しそうに真っ赤になっており、
居た堪れないといったらない。
熟年カップルのくせに初々しいねとからかう王子(という齢でもないが今更だ)を怒鳴りつけ、
それでもこの弟分の、あのように晴れやかな笑顔を見たのは何十年ぶりかと思い至り、
斬って捨てるのはやめてやった。
さっさと寝室に閉じこもるに限る。
同じく、ベルに対しては牙をもたぬ主は、このまま切り裂きジャックの小言を甘んじて受けるだろう。
二言三言の嫌味があって、それでもあの王子のことだから、「おじゃまさま」と空気を読んで早々に立ち去るはずだ。
そしてレヴィも手っ取り早く追い払われ、
朝の光の中、第二戦目が敢行されることまで予想がついて、
働きすぎた蜂たるおれは、
わずかばかりのあいだ惰眠を貪ることを決め込んだ。
強引に終わります
あんまえろくなくてごめんなさいです
尻すぼみ!
いや、すぼむ尻すらなかったけど!
尻とかすぼむとかやらしいですよね!
いやあ私何を言っているんだろう!