ぽっかりと空に浮いた月が赤かった
弓張り月だった
風のない夜だった
ちょっと異様なまでに幻想的、で
実はこわかった
でも
「なぁあれ、おれの爪の先に似てるな」
隣にいたかめが
自分の親指の爪をしげしげと眺めながらそう言うから
なんだかそれがおかしくて
ちっともこわくなくなった
さんかいめ 裏
かめは昔から、不思議だった。
おれの恐怖だとか、悲しい気分だとか、そういうものを吸い取ってくれてる気がした。
生まれたときからいつもいっしょ、兄弟同然に育ったかめのことを
はじめて不思議なやつだと思ったのはいつだったか。
きっと幼稚園かそこらだと思う。
とにかくちゅうしまくっていたそのころ、子どもなりに、漠然とだがそれなりに、
「オトコ」「こいつはオンナ」っていう境界意識みたいなものが芽生えていた。
オンナっていうのはガキだろうが大人だろうが内緒話と噂話と仲間はずれが大好きで、
オトコっていうのは見栄とくだらないプライドでできているロマンチストバカばっかりだ。
とにかく、とりあえず周りにいた全ての人間、大人も子どもも、オトコとオンナに分類され得ると知った。
ところが
かめだけは、どちらにもあてはまらない。あてはめられなかった。
かめは生物学上は間違いなくオスだし、ついてるもんついてるのはもちろん知っていたが、
近くにいたオンナどもより儚げで純粋で、しかしオトコというにはリアリストすぎた。
不思議な存在だった。
あんまりにもかわいいから、小学生の頃、いきなりちゅうしてやったこともある。
かめもにっこりして、「じん、かわいい」とかぬかして、
世界はおれとかめとで回っているなどと錯覚すらした。
ときはたち、中学に上がるころ、
かめはいきなり(とってつけたかのように)オンナの話をしだした。
何組の誰々がカワイイだとか、誰々なら付き合いたいとか。
(今思えば、兄貴のいるかめが、長男であるおれより早熟だったのは当然だったのかもしれないが)
感化されやすいおれは、実はまだ色事に興味も沸かないガキだったにも関わらず、
なんとなく、かめの言う誰それならば、カワイイような気もしたし、付き合いたいような気もした。
もちろん女以外の話題でも、遊びでも、勉強でも、かめはいつからかおれの思春期を引っ張る存在になっていた。
そうして高校に上がると、おれはかめの背を追い越して、貰っちゃうラブレターの数も追い越して、
成績だけは追い越せなかったものの、
かめより先に女の子との経験もひとしきり済ませてしまったりして。
その子とは別れはしたが、おれは意外と(かめが思うよりずっと)モテていたし、
かめにも相手ができたらおれも適当に相手を見繕ってダブルデート、とか楽しいかも、
なんて思っていたのだ。
ところが、
・・キスしてしまった。
かめと。さんかいめだった。もう、ちゅう、じゃ済まされない。
あれは、キスだった。
ものすごく動揺をした、おもにおれが。
急激に酔いが醒め、持っていたビール缶が手からすべりカーペットに染みを作る。
おれの足りない脳はそのとき、(雷に打たれたかのような衝撃をともなって)一つの結論をはじき出そうとしていた。
記憶喪失の映画の主人公が記憶を一気に取り戻したときのように、
パズルのピースがガチャンガチャンと組み合わさるように、
おれのなかでなにかが一つにつながって、
視界がパッと開けた。
柔らかいくちびる。
泣きたくなる、衝動。
キスは、こんなにも、きもちいいものなのだ。
好きな相手とならば。
・・そうかおれ、かめが
すき なのか。
十七年かけてやっと気付いた。
おれの思春期は、まだ始まってすらいなかったらしい。
今頃目覚めたおれ自身の恋心が、かわいくて、いとしくて、
泣きたい。
とりあえず感動を伝えようと、
「どーすんの!かめ!きもちかったな意外と!」
・・語彙の少ないおれの口からはこれが精一杯。
対するかめは可愛らしく、酒のせいで潤んだお目目をぱちくりさせて
「よ、よし。忘れよう」
頭部に衝撃、
脳天に鉄拳
さすがに泣いた。
さすがに反省している
ふざけすぎました
最初はそれなりに切ない片想い話にしようと思ったんだけどな・・・な・・・