死ネタすみません!
閲覧ご注意ください、ザンスクさんはぴんぴんしてますが、刀小僧氏がお亡くなりあそばしてます。








特に風が吹いていたわけではない。

凪いだ雲に見え隠れする月は、特別でもなんでもない、弓張り月だった。

星がきれいで、夜の匂いの色濃い、いつものとおりの午前二時。


ただいつもと異なったのは、ボンゴレのトップより直々に、ザンザスへ緊急の連絡電話が入ったことくらいだ。

とりものザンザスも、その内容の重大さに、ほんのわずか歩みを早める。

彼の持ちうる中でいちばんの美しい武器に、

この事実をどう伝えようかと多少の逡巡をする程度には、

ザンザスは優しい男だ。


ヴァリアーのボスが蹴りあけた扉は、ヴァリアーの副官の寝室のものだった。

スクアーロは待ちわびたように、ザンザスへ歩み寄る、その足跡からは諦念が薫る。

翻る髪が刃のごとくきらめき、夜の気配がぼとりと唇からこぼれ出る、


「死んだか」


逡巡したのが馬鹿だった、とザンザスは思う。


「死んだんだな」


スクアーロはザンザスが思っているよりもずっと野に生き、本能的で、そして賢かった。


「なんとなく、感じるもんだ。一度手合せした、相手なら」


彼はすでに喪服を着用していた、ぎらつく白刃の髪も、黒の髪留めに鞘仕舞った。

ザンザスが「そうだ」と肯うことなど、必要とすらしない。

落ち着き払って、「おまえも参列するだろ、一応」と、

ザンザスの手をその私室まで引っ張ってきて、

上司の喪服にネクタイ、広大なクローゼットからスクアーロがすべてを見立てた。

本当に落ち着いているようだった。

手が震えたりもしない。

視線も定まっている。

だが彼は異常事態に翻弄されているのだ。それはもう火を見るよりも明らか。

ザンザスはこの、冷静を体現すべく振る舞う哀れな鮫に、言ってやらねばならない。


「バカ鮫、落ち着け。

 …死んですぐ葬儀は執らんだろう。

 日本で、仏式で行うらしい。まずはジェット機を手配してやる。

 通夜とやらが明後日で、本葬がその後だ」


スクアーロは可哀そうなほどに目を見開いて、固まった。

そう、だよな、とまた、唇から夜露の呟きが、大理石の床に零れて跳ねた。


「あー…先走っちまったなぁ。すまねえボス」


言われるままに着替えてやったザンザスは、

やはりどこまでも優しい男だった。



「ヤマモトは、死んだ」



優しい男はようやくもって、伝達の義務を果たした。

スクアーロはやはりまともな振りをして、

知ってるぞぉ、と笑った。













葬儀の夜












通夜の執り行われる寺院は、とんでもなく大きく立派だった。

山本家が信仰する宗派の寺院の中でも、五指に入るほど大きなものだと聞いた。

はるか昔、二度も焼失を経験しながら、三たびの建立、現在もこのように力強くここに在る。

これをぽんと貸切るのだから、沢田がどれほど日本においても権力を握っているのか、

そしていかに山本武という朋友を大切に思っていたか、窺い知れるというものだ。

沢田は泣きはらした瞳でそれでも、


「君たち外国人が考えるよりもう少し、

 大本山であるここを貸切るってのは大変なことなんだ」


しかし僧侶もマフィアを変わらない、金の亡者ばかりで嫌になるよ、と腹の黒さも露呈した。

ザンザスはそれにすら鷹揚に頷いて見せ、(それと他者には気取られずとも)興味深く寺院を見上げたが、

傍らの刃は文字通り無機質で、荘厳な寺院の何一つ、響かないのか、ただ黙々と歩を進めた。


木造の階段を這い上がる。雄大な木々が、側面にそびえる。

中腹の庭園には、小さな池がライトアップされ、悠々と鯉が泳いでいるのが見て取れる。

ザンザスは、半歩後ろを歩く魚類を思う。喋る銀の魚は、今日に限りうそのように静かだった。


牛の歩みの鮫を伴い、夜の主が本堂へ足を踏み入れれば、葬儀はすでに始まっている。

この国独特の、経を読む歌うような節回しに、スクアーロははじめてぴくりと肩を震わせた。

良い声だ。

ザンザスは素直にそう評し、同意を求めるでもないがなんとなく、並び立つ銀色へと目を向けた、

ザンザスの鼻腔を、翻る銀の夜帳が甘く香って擽る。


一瞬だった。


止める腕は間に合わなかった。

スクアーロは、焼香台にある香を、右手で乱暴に掴む。

砂遊びをする子どものように、ありったけ握って、そのままつかつかと山本の遺体へと歩み寄る。

やらかすぞ、と思う間もなく、僧侶の脇をすりぬけた鮫が、


山本の遺体に、香をぶちまけた。


突然の暴挙に、ザンザス以外、そこにいた全員が唖然として場は静まり返った。

一番に正気を取り戻したのは獄寺だ。


「スクアーロ!てめえ!」


ザンザスには、沢田の右腕が激昂しているのも、さらにそれを抑える沢田の姿もよく見えた。

こめかみの痛くなるのを感じつつ、部下の非礼を形なりとも詫びねばと、礼儀知らずを引き取りに行こうとすると。

香まみれの、物言わぬ遺体に、スクアーロがゆったり跪くのが見て取れた。

獄寺も思わず息を飲む。


「バカな、ガキ」


しんと冷えた板張りに、スクアーロの呟きがするりと染む。

異教徒の無礼に、しかし僧侶も何も言えなかった。

スクアーロは、今までザンザスが見た中で、一番美しい表情で、

固い唇につめたく口づけた。


「冗談みてえに、つめてえ」


頑なな銀糸が檻のように、呪いのように、山本の両頬に降り立ち、閉じこめんとする。


「ヤマモト、死んでも終わらしてやらねえぞぉ」


何を終わらせないつもりなのか、いや何が始まっていたのかすらザンザスには見当もつかなかったが、

妬心すら立ち消えるほど、美しいひとときだった。

沢田が、低く、スクアーロ、と声をかける。

瞬間、スクアーロは弾かれたように、どこに隠し持ったのか剣を取り出した、

僧侶はぎょっとしさすがに沢田も慌てる、

獄寺の再びの怒声にも屈せず、

山本の凍る遺体に、剣は突き立てられようとした、刹那。


「カス、トチ狂ってんじゃねえ」


まさに数瞬の差で。

ザンザスの手刀が紙一重早く、スクアーロの首もとに閃いた。

主を無くした刃は、からりと板張りを転がる。

意識を失った部下を軽々抱え、安堵の息を吐く沢田へと、ザンザスは歩み寄る。


「ウチのが礼を欠いた真似をした、申し訳ない」

「…いいや?ザンザス。おれは却って感動しちゃったよ。完全な山本の一方通行じゃなかったんだなって、ちょっとは浮かばれたんじゃないかとすら」

「この鮫頭じゃ、明日には忘れる感傷だ」

「それでもあのキスは、何よりの冥土の土産、ってやつだったと思うから」


沢田が独りごつ、しかしザンザスは、非礼を詫びた舌でそれをあざ笑う。


「死ねば終わりだ。死人に口も土産もあるか。

 これの愛を乞いたいなら、生き抜いておれからもぎ取るべきだった」


高笑いを残し場を去る、きしむ回廊、

ザンザスは子どものように自覚する、


山本武の死は彼にとって、極上の喜びに他ならなかった。







目覚めたスクアーロは、都内の高級ホテルのベッドの上に横たわっていることをすぐさま理解した。

時計を見れば、通夜のあのときから数時間しか経っていない。

何度かこの部屋に泊まったことはあった。このベッドも使用したことがある。

ただ、あのようにとんでもない失態を犯してからの目覚めは経験がなく、

どんな顔をしてザンザスに詫びればよいのか皆目わからない。

と、突如、


「詫びるな」


闇が動いた。

闇の中から、闇を凝縮したような男が、闇を引き連れて現れた。

思考を読むなと、いつものようにわめくこともなく、スクアーロはただ見とれた。


「…許してくれ、ザンザス」

「何を許す?取り乱したことか?死体にこの口を貸してやったことか?

 それともあのガキに、自分が思うよりも深く愛情をかけていたことを?それに今更気付いた浅はかな自分をか?

 ふざけろカス、おれに乞うな。

 てめえで背負え。あれの死は、てめえ一人で負うしかないんだ」

「ザンザス」

「慰めてはやろう。抱いてやるし、愛してやるし、主でいてやろう。

 だがあのガキの死まで請け負う謂れはねえ」

「ザンザス、愛してる」

「誤魔化すな。

 背負って、踏みつけて、それでも、おれを愛していると、さっさと自覚しろ」


言いながら、誤魔化すような口づけを贈ったのは、

丸め込むような抱き方をしたのは、

他ならぬザンザスのほうだった。

縋りつく腕が愛しい。手首だけでなく、いっそ肩から切り落としてやりたいほどに愛しい。

ザンザス、とのみ呟く鮫の感傷を、今夜までは許すとして。

噛みついた肩甲骨が、歯型を湛えて震える、ようやく溜飲の下がる思いでザンザスは部下を見た。

汗ばむ背中に張り付く長い髪を、親指と人差し指でひと房ひと房検分し、丁寧にはがしてやる。


「明日、本葬はどうする」

「…おれ、出ていいのかぁ」


言外に、あんなことしでかしたのに、というようなことを匂わせる。

ベッドに腰掛けたザンザスは、横たわるしなやかな体を(大型の獣にそうするように)撫でてやりながら、

まったくもって狡猾だ、とため息をひとつ。


「どうとでもしてやる」


殊勝な顔をして、もう一度、本当にすまねえと謝意を述べ、

スクアーロはザンザスの腰のあたりに顔をうずめる。

本葬の際、立ち上る煙となるあのガキにこそよく見えるようにとザンザスは、

その軽い頭をつかみあげ、首筋をこれでもかと吸う。

ガキはどっちだとスクアーロが笑う。

最愛の鮫がようやく笑ったから、主はもういいと思った。

これの唇は奪い返したわけだが、最後に、山本へ、恋敵へ、ひとつ冥土の土産とやらをやってもいいかと思えたのだ。




ザンザスのためだけに伸ばされた銀糸は、

持ち主が眠る間にほんのひと房切り取られ、

翌日の本葬の際、ザンザスの手ずから、棺の中に収められる運びとなった。

スクアーロは憤慨とも感動ともつかぬ表情で、ザンザスだけを見ていた。

一筋の白煙となった山本にはもはや一瞥もくれず、ザンザスだけを見ていた。

今日も特に、風はない。煙は天上へと最短距離でもって駆け上った。

ザンザスはやはり、たいへんに満足し、揃うようにまた伸ばせ、と鮫を抱き寄せる。

スクアーロは安堵したように目を眇める。

沢田が呆れ果てて咳ばらいをした、

二人はそこでやっとのこと、思い出したようにして、


仏式の作法にのっとり、初めて手を合わせたのだった。








最後の一文はギャグのつもりで書きました