スロウン























おれの王子は、我がままで強引で、けれど真っすぐな眼をした子どもだった。

考えは破天荒で大胆、かと思えば緻密で繊細。

賢いというよりは狡猾で、それでいて筋の通った行動を好む。

周りの誰もが幼い彼に王たる資質を見出していた。

おれはそんな彼に仕える幸せに純粋なる喜びを得ていた。


だがあれは、彼が12のときだ、

正式に彼は王位継承権第一位を認められたのだ。

彼の生誕の宴を二十日後に迎えた、寒い日だったが、

民はそれでも、若き継承者に賛辞を贈らんと王宮を埋め尽くす。

彼はまるでいきなり大人になったかのように、

群衆に悠然と笑いかけた。


ああなんて、

美しい、


誰もがそれに見惚れ、静まり返る国土。数瞬後の地を揺るがす喝采。

和也はそれに応えて、品よく手を振り、またほほ笑む。


おれは突然、飛来した矢に打ち抜かれたかと思って、心臓を見た。

心臓が激しい痛みののち、鼓動を止めたからだ。

何事かわからないまま、おれは次に、呆然と和也の顔を。

和也はこちらの視線に気づいたのか、おどけてちらりと舌を出す。

ああ、あれは紛うことなき昨日までの和也だ、でも、でも、おれは。

おれは昨日までとは、異なる。知らないままでいたかった真実が、おれの中に頭をもたげる。


おれも幼かった。

だから、己の中で着実に育った恋情に、そのときようやく気付くこととなったのだ。


なんという、畏れ多い愚行かと、一晩打ちのめされた。

おれの恋は人生でただ一度、おれを救った天使へ。

天使は、いずれ、国を継ぐというのに。

どうしようもない馬鹿だ、おれは。

父はまたも、おれを見抜く。



「そろそろ、お側から離しておくべきだったか?」



おれは父にすがる。

絶対に、間違いなどおこさない。ただの、和也を守る剣として、そのためにだけ生きる。

だから傍を離れるのだけは、引き離すのだけは許してほしいと。

和也から離れたら自分は呼吸ができないことを知っていた。

おれが和也の剣であるように、和也はおれの鞘だ。

剣術に打ち込むことと、和也がそばにいること、そのおかげで

血を啜りたいと囁く悪魔を飼いならすことができたのだ。

彼から離れればおれは人間でなく、ただの狂人になってしまう予感があった。



「どうして、おまえの主は、

 和也様でなければならなかったのだろうの」



父は視線を足元へ落とし、ゆっくりと息をつく。

冬の、一等寒い夜更け、北の塔の父の部屋、

暖炉にくべられた薪が、火をつけよと待っている。

父の吐き出す息は白く、ただ白く、

雪は深々と、例外なく静かに振り、

寒さに凍りつきそうな自分の指先が、しかしそのためだけでなく震えていた。










その日からおれは、王子として彼に接することに努めている。

本人は大変不服とあって、やめろだの絶交だのわめいたが、

今回ばかりはこちらが折れるつもりのないのを知って

諦め、受け入れててくれたようだった。和也は、本当のところで、とてもやさしい。


いつの間にか二人の間には、悪友とか、兄弟とか、そうではなく、

主従としての絆が築かれはじめ、

いつの間にか和也は、いつもそばにいるおれですらはっと目を瞠るほど、

大樹が幹を伸ばすように、しなやかに美しくなっていった。


いつの間にかおれは、騎士団内において父に次ぐ地位を得、

いつの間にか和也は、王位を継いだ。


幼馴染は、見渡す限り続くこの国を、

たったひとり細い肩に負う。

戴冠式は、雨の中というのに強行された。

彼の父王の突然の死は、彼の周りを巡る歯車の速度を大いに速めた。

彼の栗色の髪に、雨粒を弾いてきらきらと映える王冠が

噛みついている。

そびえる王宮、広いテラス、白く高く曇天を仰ぐ。

時計塔が二時の鐘を鳴らす。年若い王への、祝福のように。

老いも若いも、戴冠の儀を一目見ようと集まった、愛すべき自分の子どもたちに、

彼は気丈に笑いかけ、そして誓う。



「国を愛せ!

 国の名を愛し、国の衣食を愛し、国の歴史を、国の自然を、国に住む己らを、国の王たる我を愛せよ!

 であれば、我は命の全てで、皆を愛し、守り、より幸多き未来へと導こう!」



瞬間、光が洩れいずる。

雨は小雨になりだんだんと粒も小さくなり、空はやがて、泣くのをやめた。

雨雲は裂け、千々に千切れ去り、彼の王冠を太陽が愛でる。

風に乗り、鳥が飛び、花びらが舞って。


奇跡は幻想的だった。つくづくと、聖書の世界のそれだった。


民衆は口ぐちに、神の名と国の名と王の名を叫び、老婆は泣き、若者は興奮に顔を赤くする。

天運さえも味方につけた和也は、国民に圧倒的支持を受け、

王としての激務に励むのだった。

和也、このとき弱冠16歳、

彼のカリスマ的素養は十分に承知しながらもおれは

なぜか不安に苛まれるばかりだ。



















次回P氏とはち合わせるとこ書きますたぶん
少し進展する予定ですたぶん
とりあえず今回は、出会いから今まで、王様をひったすらに崇拝する騎士様を書きたかっただけです