弱たれコックのその後





サンジは再び、慣れ親しんだ格納庫の床の木目に、涙と嗚咽を吸わせていた。
泣くのは終いにしろと言った本人が、こんな無体をしていいと思っているのだろうか。

「っ、や、いや、いやだぁ、…っ」

ゾロの指は性急だった。
男相手に事を為したことのないサンジは、ただもうされるがまま、どろどろのぐしゃぐしゃで、ゾロがそのことに笑みを深くしているのにも気づかない。
汗をかいているから今は待て、一張羅のスーツだからあとにしろ、怪我とかしてんじゃねェのかよ手当を…、
とにかく思いつく限りで押しとどめようと試みたが、サンジはゾロの右手中指一本であえなく陥落した。



その武骨な中指は、剣だこに蹂躙されて久しい。
まずは唇、鎖骨ときて、ジャケットにもシャツにも一切触れず、いきなり下腹へ。
へその辺りからスラックスの中に侵入し、さらには下着をも。
この時点で目を回さんばかりに焦っていたサンジだが、その中指が下張りを無視して臀部へ強行突破したときには、思わず革靴の踵をゾロの腹にめり込ませていた。
「てめェなにしてくれてんだ!?」
鋼の筋肉を誇る剣豪も数秒は息ができずに、腹部を押さえうずくまる。
追撃とばかり罵詈雑言吐き捨てるが、ゾロには別段怒り出す気配もなく、むしろ笑うことをこらえてさえいるようだった。
「んだてめ、な、なめてんのかァ!」
「はっは、てめェまじでおぼこいな。男同士じゃケツ使うくれェ知ってんだろ、かまととぶんじゃねェ」
「お、お、おれが…ッやられる側ってのが気にくわんだけだ!」
「てめェな。あんだけ熱烈におれのことを好きなくせして、今更逃げ打つなボケが」
はぁァ!?と第二撃を顎にでも、とサンジが蹴り構えたあたりで、ゾロはそのしなやかな武器をひとまとめに括り、左手に収めた。
そうして右手でずるりと、下着ごとスラックスを引き抜く。
さすがといおうか、電光石火の早業だった。
足首の当たりにくしゃりと留まる衣類が視界に入れば唖然とするしかなかった、とんでもない体勢に思考回路のショートしかけたサンジをしり目に、

「指一本ならいけるか?」

ゾロはとくに色気もなく自分の指を舐める、さても、その指先になんの躊躇もありはせず、侵入ははじまった。
サンジが頑なに拒んだその部分に、だ。
「え、あ、あ、あ!」
やめろ汚い、とか、痛いから抜けとか、それら全ては喉のあたりに貼りついて音にならず、零れるのは母音のみ。
ちっともまったく気持ちよくはなかった。その時点では、それはもう驚くほどに。
痛みもあったが、ただただ異物感で圧迫感で緊張感だった。
サンジはそれらを腹に抱えて、ひたすらに耐えていた。
浅い息の下、ようようゾロを見上げると、集中しろ、と額に汗を浮かべて叱られた。
さきほどまで余裕の笑みさえ浮かべて小憎たらしかったのに、中指一本に全神経を集中している剣士というのが、なんだかおかしかった。
さらには、(地獄やら悪魔やら先ほどのことが本当に夢かと思うほど、)滞りなく澱みなく機能するランプのもと、狭い格納庫の、さらに狭い床のスペースを、男二人がぎゅうぎゅう詰めで、それもおかしいったらない。
サンジが眉根をすこし解くと、ゾロがまた鬼のような形相で集中しろときた。苦しかったが、今度こそ本当に笑った。



変化は確実にやってきた。
痛みや圧迫感がとうとう音を上げた、つまりは慣れてきたかも、と思ったのと同時に、なんだか下腹がむずがゆくなってきたのだ。

「ん、ん、へん、ゾロ、ぞろ、へんだ」

下半身のみの露出のため、かっちり着込んだスーツの上が、汗に蒸れてどうしようもない。
脱ぎたいと言ってしまいたかったが、培ってきたプライドをマリモ畑に打ち捨てるようなことなど、口が裂けてもできないのがサンジという男だった。
「変、か。どんなふうに」
「あつい、さわってねえのに、たちそ、どしよ、ゾロ…」
「…煽んなこのボケ」
するとゾロの中指は、たちそう、とサンジが知らせたその部分の裏側ばかりを、きつく責め上げはじめる。

「っ、ああああああ!」

絶叫した。あられもなく叫ぶしかなかった。
ここが、戻ったばかりのメリー号の格納庫で、まだ宵っ張りのロビンやナミあたりが起きているだろうことなど、意識からすっかり放っぽり出された。
瞼の裏でいくつも花火が打ちあがっているようだった。
「や、やだ、やだやだ!あ、あ、あん、んっんっ、んうッ」
ゾロがなにやら、サンジの口のあたりを自らの手で、次に手拭いで、最後には自分の口で覆ってくれたらしかった。(声だけは丁寧に包み隠そうとしても、中指は一切ひるまなかった)
この段になると、足首の戒めを解かれてもサンジの足はちっとも凶暴には成り得なかった。
丸まったスラックスも下着も足首から抜き取られ、片方だけ脱げていた革靴の上に折り重なるように着地した。(もう片方の革靴の踵が、力なくゾロの背中をかつかつやっても、やはり中指は一切ひるまなかった)
その一分後に射精して、腰のあたりを何度も震わせる。
二度目の吐精に息も絶え絶え、しまいには呆けた頭でもうやめてほしいと頼んだのに、ゾロは鉄面皮で一切の要求を無視した。
すなわち、中指一本で、とことんまでサンジを責め抜いたのだ。
三度目の絶頂が近づくとなると、サンジは力の入らない体でそれでも、本気で抵抗した。
がしかし、健闘虚しく簡単に横抱きにされ、先ほどより指の侵入がさらに深くなれば、快楽による死を真剣に覚悟するほどにサンジは悶えた。
さわってほしい、とさわらないでほしい、が混在して、コックの洗練された両手はただただ空を掻く。
「やめ…っ、ゆるせ、ゆるして、こんなすごいの、しらない、そこ、しまんなくなる、むりぃ…っ」
「…てめェはもともとアホだけどよ。今日はもっとアホになっとけ。気持ちいいことだけ追っかけてろ」
「あ、あ、ぅ、や、あ」
「考えねェでいいよ。てめェのほうがおれよりゃ幾分か賢いんだろうが、

 …今日だけはおれが全部、請け負っておくからよ」

サンジは、喘ぐ胸の合間に、うんとだけ応えて泣いた。
何を言われているのか内容までは、蕩けた耳ではおよそ聞き取れなかったが、こんなにもおそろしい快楽の波の狭間で、その声に安心して泣くだなんてサンジは自分が信じられなかった。
ゾロは再び、サンジを正面から抱きかかえるようにした。心臓の音がする。どちらのものかは知らない。
双方の汗がぼたりぼたりと落ち、床の木目を伝う。
空を掻いていた手は、そっとそこをなぞって、それからゾロの髪をようよう撫で、最終的に傷一つない背中へと収まった。
(汗が流れてんのに自分の涙まで加わって、流れる川みたいだ、ああそこに船を浮かべておれとゾロで乗ろう、マリアちゃんを弔ってあげるために、…とまで、少々ポエマーの嫌いのあるサンジは考えた。ゾロあたりがそれをきいたら、鳥肌モンだと露骨に眉をしかめそうだったが)
なんだか切羽詰ったような唸り声とともに、ゾロの左手がサンジの三度目、のその部分に手をかければ、
とうとう痙攣とともに意識を放棄した。
やはり瞼の裏には、無数の花火。
そうして、快楽の泥の底に落ちる直前、
脳裏にはマリアの可哀そうな白いワンピースが浮かんでは消え、
ゾロが戦闘の最中に言った、「それでこそてめェかと」「悪くねェ」という台詞やら、その際のおそろしくサンジ好みの笑顔が、消えては浮かんだ。
右足が、とても熱い。

マリアを救えず、ゾロに救われたサンジはおそらく今、グランドライン中で一番、情けなくて卑小で非力で不幸で、
それでいて一番の幸せ者だった。



翌朝、有能コックは船長の夜食を作り忘れたことに青くなって飛び起きた。
それから、麗しの航海士へのミルクティーを差し入れられなかったことも、彼からいたく血の気を引かせた。
まずいと焦って、寝床にしていたらしい萎びた毛布の山から抜け出し、格納庫から飛び出そうとするのを、何者かが阻んだ。
ぐうたら剣士の右腕だった。
「心配すんな。まァ、…あいつらにはうまいこと口きいてあっから、もうちょい寝てろ」
ふぁ、とあくびとともにそんなことを言う。
サンジの左手首がすっぽりおさまるその手のひら、の、その中指に、えらく無体をされたことを一瞬のうちに思い返し、サンジはとっさに眼前の緑頭を蹴り上げていた。
「ぐ、っ痛ェな、」
「ッうああああああ!?」
昨夜の記憶に悶え転げそうになり、さらなく追撃に燃えていたサンジだが、一撃目、その足を振り切った瞬間、あらぬ場所がとんでもなく疼いた。
痛くもあり、熱を持っているようでもある。なにかが挟まったままのような、それでいてなにかが零れ出てきたような気もする。確認するだにおそろしい。その場にうずくまるしかなかった。
…結局、てめェを食うだの仁王がどうのと豪語した割に、ゾロはサンジをのみ満足させ、中指以外は無茶も悪戯もしかけなかった。
それでもサンジ史上初めて、使用用途を思い切り間違われた臀部は、いつものケンカにすら支障をきたしかねないほど悲鳴を上げている。
本当に最後までされていたらどうなっていたのだろうかと、そこまで考えて、身震いした。
恋い焦がれた相手とはいえ、男同士の身空で、ああいった生々しいことなどまったく思考の範疇外だった、…なんたってバラティエ産純粋培養の箱入りコックだ。
さても足技が使えないとなると、口撃にでも転じようかとぎっと相手をねめつけた、のだが。

「…おい、どうした。昨日のこと、思い出したか。

 大丈夫だ。泣くな、いいか。」

相手は少し焦ったように、握る腕の力を強くした。
サンジの身震いを、昨夜のあの幻のような出来事、薄幸の佳人への思慕によるものだと勘違いしたらしかった。
えらく真面目な顔つきで、サンジを引き寄せ、頭からもう一度毛布をかぶせて抱き包めた。
饐えた毛布だったが、こんな安全地帯はないとさえ思えるほどに柔らかかった。
「っくそ、めんどくせェ!忘れろとは言わねェが、んなふうに痛そうにすんな。
 …てめェがそんなだと、どうにもたまらねェんだよ畜生!」
口調を裏切る、温かい手が、わさわさと毛布ごとサンジを撫でた。なんども。なんどもだ。
この太陽の右手が、人を斬って斬って斬りまくる、剣士の手だと誰が信じるだろうか。
こんな優しさを、惜しみなく提示されては、サンジはもうだめだった。
マリアへの自責の念はもちろんのこと、ゾロへの愛情にも押し潰されて、このままジャムになってしまいそうだ。
今日も快晴なのだろう、窓から漏れ出ずる太陽光もかもめの鳴き声も、いつもの通りとても健全だのに。
「ゾロ」
「なんだよ」
「おれのこと食うんじゃなかったのかよ」
ゾロは絶句して、サンジを撫でる手をぴたりと止めた。
毛布から頭だけ出しながら、ああしまったもう少し撫でてもらってからにすればよかったかななどとサンジが考えていると、ひどく低く小さな声でゾロがなにごとか話し始めた。
「…あの胸糞わりィ蛇野郎から受けたダメージは、相当だろ。…てめェの得物は足だしな、なおさらのこと。
 チョッパーにその足、見てもらってからにしようと、思ったんだよ。もしなんかあったら、…」
得物同様、いつもは切れ味抜群の剣士の言葉が、こんなにもぼそぼそと零れ落ちる日が来るなど、思いもよらなかった。
その視線も照れたように、サンジから逸れ、床面へ零れていく。
誰だこれは。
驚いたけれどサンジはとっさに、零れたものたちを一生けんめい拾って、自分のなかの宝箱にしまっておくことにした。
けれど結局、その宝箱を胸に抱えたまま、気恥ずかしさに自分も死にそうになって、仕方なく相手を罵っておくにする。
「っけどよ!昨夜のだって十分ひっどかったぜ、この体力バカ!おれァもちろんヤワじゃねェけど、それでもボッロボロだっつの!
 傷心のおれ様相手に、加減ってものを知れ筋肉ゴリラめ!」
「はァ!?ざけんなこのうぶコック、昨日はおれがどんなに、どんな思いであんな、…どっかのご令嬢みてェにゆるゆる丁寧にヤってやったつうのに…!」
「う、うぶコ、……は、はァ!?…っておま、丁寧ってあれでか!?」
「ッチ、…いくぞ!拉致が明かねえ、とりあえずチョッパーに足診てもらえ。痛ェんならケツもな」
「は、ちょ、待て、」
待て待て待て、てめェさっきはもうちょい寝てろとか言ったくせに、とサンジが真っ赤になって反論すると、
「るせェ!そんだけ元気なら、今夜はやんぞ。
 覚悟しとけこのぐる眉アホコック、あとなんか滑らすもんも用意しとけ」
「す、滑ら…!?な、な、」
殺気とともにとんでもない要求を突き付けられ、毛布ごと抱えられて格納庫の外へ連れ出された。
いっぺんにいろいろされてサンジが混乱を極めたそのときに、
強烈な朝の太陽が目を焼いた。
格納庫の外は、昨日のあれらが全て夢だったのではと錯覚しそうなほどに、正常かつ清浄な、朝だった。
ふと、ああメリーだなぁと実感する。
愛おしい、メリーだ。
海の匂い、おはようを言い合う仲間たちの声、ゆるい潮風。
ゾロと一緒に戻ってくることができて、この景色に再び出会えた。
サンジはもう一度胸の宝箱を開けて、ここに戻ってこれた喜びもしまっておこうと考えた。
感慨にふけって、ただ空を見上げるサンジに、ゾロがとても小さな声で告げた。

「マリアとやらは、 …おまえだ」

抱きしめる力が強くなった。祈るような具合の力強さだった。
サンジはどういう意味か問いただすことも忘れて、ただ夢中で抱き返した。
「あのとき、食わねえなんて言って、…悪かった。
許せ」
またしてもおもむろに、ゾロがそんな殊勝なことを言った。
返事の代わりに、もっと強く抱き返してやった。
見上げた太陽の光にほんの少しだけ、あの一つ灯の儚さを重ねて、それでマリアへの弔いのように目を閉じた。



海は凪いでいた。