はじめおれは、おれを介抱してそのまま、食われるか、凍りづけられるか、

きっとそうなのだと思っていた。

でも彼は、意外なほどに。










ゆきの温度










「あしは、いたくないか」

「ありがとう。もうほとんど大丈夫だ」


初めて姿を見せて以来、彼は外から声をかけるばかりで、

天蓋のこちらへ踏み込んでこようとはしない。

あのとき、おれをほとんど凍えさせてしまったことを、悔いているらしかった。

すまない、ごめんなさい、と、なんどもなんども言われた。

抑揚のない声は、それでも十分に謝意をおれに伝えていた。


「こうきは、よくしてくれているか」

「十分すぎるほどだ」


聖、というのは、彼の小姓の名だ。

どうやら人と雪のあやかしの合いの子とのことで、特別な霊力を持たないかわりに、寒さには大変耐性があり、

天蓋の向こうの美しいあやかしに仕えていても凍えることがないのだ。

この小姓はたいへんに、あやかしに心酔しており、彼のいうことならなんでも聞く。

彼の命とあらば、小姓はおれの食事の世話やら清拭やらなんでもこなした。

足の怪我のほうも、格段に治りがはやく、おそらく明日には動けるだろうと思われる。

やはりあやかしに施されたまじないとやらが効いているらしい。


「ほかに、ほしいものは、ないか」

「・・・なあ。」

「なんだ」

「どうして、助けてくれるの」

「おまえはしにそうだったけれど、ちかくにこうきがいたから、

 こうきにはこんでもらえば、おまえはたすかる。だから、たすけた。」


なぜそんな当然のことをきくのかわからない、といったふうに、

あやかしは答えた。


「でもおれしかいなかったらきっと、

 おれのてが、おまえにふれたりしたらおまえは、にんげんは、こおってしまうから、

 そうしたらおまえはしんでいたかもしれないな」


気配がなくても、声の強弱がなくても、

彼と話をつづけて二週間にもなると、わかることがある。

彼はいま、自分の手を見つめて、傷ついているはずだ。

二週間前、おれに近づきすぎたことを悔いて、まだ自分の手を責めているのだ。

やさしい、あやかし。

とてもつめたくて、かなしい。


「殺されるかと、思っていたんだ、正直」

「ころすこともある。でも、りゆうがある。なかまをころされたりしたら、たくさんをころすことも。

 でもそうでないと、ころさない。

 おまえは、なかまをころしてないだろう」


少し的のずれているような会話が、それこそが彼のあやかしたる証だとも思う。

損得だとか、そういうものでなく、いっそ人間よりも純粋に怒り、殺意を覚え、簡単に命を奪うが、

いっそ人間よりも純粋に、わけへだてなく他者を癒す。

彼らはきっと、人間よりも神に近いいきものと理解した。


唐突に彼の顔がみたくなった。

あのとき、凍えて意識を失う寸前、天蓋のなかに滑り込んだ、彼。

鼻梁の高低、切れ長の瞳、眉や唇の形まで、

鮮明に思い返せる。

文字通り、背筋の凍る笑顔、だった。

確かに、ただのひとつも暖かみのないつめたい笑顔だったのに、

それに逢いたくて仕方ない。


でも顔を見せろと言えば、彼はまた静かに静かに傷つくから。

なぜこの怪我人が、そのようなことを言うのか考えることもせず、

ただ言われたとおりにしてやりたいと思い、しかしそれを許されない自分を嘆くから。



「・・・欲しいもの、言ってもいいか」

「なんだ」


「名前が、ききたい。

 あんたの名前を、おれはまだ知らないから。」



天蓋のあちら側で、長い沈黙。

気配のないため、まだそこにいるのかいないのかもわからない。

あまりに不躾な要求に気を悪くしたろうか。


「おれの、なを。よんでくれるのか」


あ、いた。とても小さな声だ。

抱きしめたくなるような、小さな声だった。


「そんなことを、いわれたことが、なくて。

 でも、なまえは、あるんだ。

 なんびゃくねんもまえに、やまがみさまにいただいた。」

「すてきだな。山の神様と仲がいいのか」

「おれをつくったかただから。

 でもおれをつくってすぐに、にんげんのいくさがあって、

 つかれて、つらくて、しんでしまわれた」

「・・・ああ・・・、」

「せめるな。おまえがうまれるずっとまえだ」


なんの感慨なく告げられたが、彼はきっとずっと、傷ついて、今もその傷を抱えてこうしているのだろう。

名づけられたあやかし。

小姓ですら彼を「あるじさま」と呼ぶので、

きっと名前を呼ばれたことはほとんどないのかもしれない。

愛しくて哀しくて、おれは声を張り上げる。



「おれが呼ぶよ。あんたの名前を呼ぶから。

 おれは仁。赤西仁。

 あんたの名を教えてくれ」


「じん。じん、おれは、おれは・・・」




彼はさきほどよりもっともっと小さな声で、

名前を知らせてくれたのだ。













なんとか雪の降っている季節のうちに書き上げたいと思っています
どこへ辿り着くのか書いていてもわからない