あやかしと
たくさんを話した。
唐突に、昨日のことだ、
死んでもいいと思った。
今まで、戦場においても土壇場でも、どんなに悲観に暮れても、
死ぬなんてぜったいに嫌だったおれが、だ。
死んでもいい、と。
この雪のあやかしの笑顔に、もう一度あえるなら、
それはもう、
凍えて死んでもかまわないと思えたのだ。
ゆきの温度
「顔を見せて」
彼は傷つくだろう。知っている。
「一度でいい。見せてほしい」
そう思って、今の今まで、言えなかった願望だ。
「あんたはあやかしで、おれはただの人間で、
これは恋だの愛だのじゃねえかもしれんが、それでもおれは、
和也の顔を見れるなら死んでもいい」
結局は言ってしまった。
痛みの全くなくなった足を思うと、おそらくもうすぐにここをでていくことになるのだろう。
どうにかしてあやかしのなかみ、に少し、踏み込みたいと、やけになっていたのは否めない。
気配は全くない。
でも三週間だ、おれたちは夜も昼もなくおしゃべりを、した、
このつめたいいきもののやさしさを理解するに十分だった。
彼は今、何をどうしていいかわからず、戸惑っているのだろう。
申し訳ないことをした、自覚もある、けれどこのまま、
ここで起こったことはただのいっときの夢として、あやかしと道を分つ、それはぜったいに嫌だった。
「和也・・・?」
「じん」
全くの無音から、突然発せられる、声。(と分類してよいのかわからないが)
はじめは驚いたが、その違和感こそがあやかしだと思えば、ずいぶんに慣れたものだった。
「おれは、よいあやかしでないと、おもう」
「、え?」
「おまえたちのせかいで、ひとをころすものは、わるいものだ。
おまえたちのせかいで、ながくいきるものは、こわいものだ。
おまえたちのせかいで、うそをつくのは、よくないものだ。そうだろう」
無感情な言葉たちは、それゆえに胸に迫るものがあった。
神に近いこのあやかしは、自然界の摂理ともいえる確固たる信念のもと、ひとをころし、それに何の罪悪も感じずありのままで
それこそが美しいと思っていた。
しかし、あやかしは、人間を思っていた。人間の世界での善悪を、思っていた。
それは結構な衝撃であった。
「・・・りゆう、があるんだろう、殺すのは。長く生きるのは、おれはひとつも、こわいと思わない。
でも、うそって、何?」
「おれは、おまえにうそをついた。とびきりひどい。
そのそえぎのあしは、なおっているんだ、じん。まじないで、とうに、なおっているのに。
このくらくてさむい、ここちよいところから、おまえをかえしたくなくて、
じん、うそをついていた。ゆるせ、ごめんなさい」
ああなんて、
かわいい神さま。
なぜそんなことをしたのか、自分の行動の如何を考えたか?
純粋に生きていたあやかしの、人間から見ればほんのささいな、
駆け引きにすらなりえない、嘘。
ごめんなさいと子どものように謝られれば、いとおしくて、おれはもうどうにかしたくなってしまう。
「足が治っていることくらい、当事者だ、わかるよ」
「ではなぜ、ここにとどまる。」
「あんたととても、りゆうは、似ているよ」
天蓋は今日このときも、おれとあやかしを隔絶するためだけに分厚く白い。
香の効力はもちろん、天蓋に守られた生ぬるく優しいうちがわのみだ。
あやかしの生きている、つめたい世界を覗きたくて、
あいたくて、
その境目に、はじめておれは手をかけた。
「じん、なにを」
指先が凍る。
「やめろ、こおる、じん、じん」
かまわず押し開く、
「いやだ、・・こうき、こうき!」
あやかしが前代未聞の、
おおきな、金切り声をあげる。
はじめて聞く声だ。おそらく、小姓にとってもあやかしにとっても、はじめて。
凍える、という表現は不適切だ。
感覚すら凍るような。限界を振り切るほどの、寒さ。
押し開いた天蓋のその先には、見慣れたただの白い光景があり、
閉じることすらかなわなくなってしまった、双眼に焼きつく。
このいきものの持ちうる、
感情を司る機関は、どこかおれたちとは種類をたがうものなのだろうと、そう思っていた。
怒りも、仲間意識も、純真も、喜びも、もっと別の高位な次元にあって、
初めて見た笑顔ですら、ただの人間の物真似だと。
つめたくて、人間の匂いのない、
人の手の入っていない、まっさらで凍てついた雪山の温度。
くらくて、さむくて、死の匂いがここちよい。
あやかしのもつ美しさは、まさにそこだ。
そこに憧れた。
だが、押しあけた先で、おれを待っていたのは、
無感情に無表情、棒立ちで、(先ほどの悲鳴は幻聴かと思えるほどに)
はじめて見たときそのままに、ぞっとするほど美しく、
そのくせ、
氷の雫を幾滴も、幾滴も
涙の代わりに瞳からこぼす、
なんとも人間くさくて、かわいらしい、あやかしだった。
和也だった。
子どものようなうそをついて、おれなんぞをひきとめるような、
呼ばれ慣れない名を、小さな声で教えてくれるような、
戯れに天蓋へ押し入ったことを素直に後悔するような、
かわいい、いきものだ。
動かない右腕を、もげてもいいと思って、動かした。
このように馬鹿な男のために、泣くなと。
美しい名のあやかしが、心底いとしいと、そう言いたくて、頬に触れると、
いよいよに凍りついて、笑えた。
意識はそこで途切れ、
しかしおれは、いままでの盲目的な崇拝とは違うなにかを胸にあたため、
とても幸せな気分でそこにいた。
途中から何が言いたいのかわからなくなってしまいました
自己矛盾にあああああってなる
こんな予定じゃなかったのだが
かみさまに恋をさせたかったはずなのに、Kは結局Aが愛しくて彼のところまで堕ちてきてしまう…