ユリカゴ アイラブユウ




























「いくつ?」






兄はいつも偉そうで高圧的で傲慢で(同じような言葉しか思いつかないのは、こいつがほんとのほんとにそうだからだ)

おれは兄に傅く、

そうしなければこの兄の弟として生まれてきたかわいそうなおれは

生きていけなかったのだ。



「いくつって、知ってるでしょ、おれ17・・・」



ちなみにおれは高校三年生、受験生で。

昨日もその前も勉強勉強勉強でろくに寝てなんかない。

正直言って兄などに1ミリだって関わりたくない心身状況なのだ。



「ちげえってのバカ。おまえのトシなんか聞いて誰が得するよ。白玉いくつ入れるかってきいてんの」



兄は、方向オンチのくせに旅行好き、運動オンチのくせにスポーツ好き、

そして料理オンチのくせに料理好きという、存在自体が迷惑極まりないひとだから、

いつもゲテモノばかり作ってはおれに味見をさせるのだ。



「白玉・・・って、このにおい明らかにソースでしょ・・」

「ああ、あんこ作ってるんだけどよ、隠し味におたふくソースぶっかけてみたんだ。美味そうだと思わねえ!?」



ぶっかけちゃった時点で隠し味じゃねえだろ、てか餡子におたふくってざけんじゃねーぞ今時お笑いだってやんねーよ

と思わずつっこみかけたが、実際につっこんじゃったりしたら

逆におれの尻になにぶっかけられるか、なにつっこまれるかわかったもんじゃないから黙っておいた。

(おれら兄弟は、兄弟であって、強姦の加害者と被害者でもある。訴えを起こせば十中八九おれが勝訴するだろう)


このように人格まで果てしなく歪曲している兄だが、



「で、なあ和也、今日はなにがいい?」

「歌?」

「きまってんだろ。なにがいいかさっさと言えよトロくせえな」



歌だけは誰にもオンチだなんて言わせなかった。


おれに毎日リクエストを聞いては、流行りの歌から洋楽までなんでも歌いこなす。

兄の料理も性格も態度も、・・・エッチも、おれは兄のなにもかもが大嫌いだったが


兄のうたう歌だけは

あたまがおかしくなるほど 好きだった。


白玉にかける餡子(らしきもの)を料理しながら、兄はいつもどおり、

おれのリクエストしたオザキユタカを歌う。

うっわ寒い歌、とかなんとか言いながらも兄の歌は甘かった。

アイラブユウの言葉の羅列がおれのあたまをさらにおかしくした。




「ねえ、仁兄って歌えない歌ってないよね。いつ練習してるの」



いつもなら当たらず触らずの兄に、自ら好き好んで質問を。

オザキユタカのアイラブユウは呪術だ。



「てめーごときがおれの名前呼んでんじゃねえよ!」



やっぱり兄はキレた。しかもなんだかよくわからないところでキレた。

偉そうで高圧的で傲慢な人間の怒りのポイントは、やはり常人には理解不能だ。

だって、お兄ちゃんと呼んでも兄キと呼んでもおにいさまなんて呼んでみたってキモイだのウゼエだので怒るのだから、

だったらどうしろというのだ。

(ちなみにこのくだらないやりとりを物心ついてこのかた15年程度繰り返しているから、実はもうそんなことどうでもよくなった)

ただ、兄がキレたことによって歌が途切れたことだけが寂しかった。



「ったくてめーはいっつもおれのカンにさわることばっかりしやがってだいたいこないだもおれがロールキャベツ作ろうとしたとき、」


「ッうたってよ仁兄!」



兄のせいで思いっきり情緒不安的なおれは、自分でもわけもわからず

号泣していた。

おっと、自分、ほんとにどうした、この流れでそれはどうだろうと必死で頭の中の冷静な部分が冷静になろうとするけれど

おれはもう、兄の歌が聞こえないだけで、それだけで、今日はなんだか、だめだった。

キッチンのタイルの床に座り込んで、こどものように求めた。




「うたってよぉ・・・」




どんないじわるされたときも、どんなひどくなじられたときも、はじめて犯されたときだって、

死んだって泣くもんかとオトウトなりの下手なプライドで食い下がったおれが

「うたえ」としゃくりあげてまで訴えたことで、

偉そうで高圧的で傲慢な兄も、(おそらく人生で初めてかもしれない)動揺していた。



「は、ちょ、ま、」



とかなんとか言いながら、兄は、ひとつ深呼吸して、

号泣するおれの前に座って(作りかけの餡子は放置状態だが)



こもりうたを。





ゆりかごのうたを

カナリアがうたうよ、





とかなんとか、おそろしく歪んだひとが

おそろしく綺麗にうたって。


ああ、このひと、覚えててくれてるんだ、

おれがちいさいころ、兄の歌うこのうたじゃないと眠れなかった、こと。

当時から歪んでいた兄だが、

そのときだけは、文句を言いながらもうたってくれて。

そのときだけは、寝入るおれに対し、やさしい言葉をかけるでもなく頭を撫でてくれるでもなく背中をさすってくれるでもなかった兄だが

忙しい両親にかわって子守唄をうたってくれる兄が、大好きだった、おれ。


オザキユタカのアイラブユウが呪術なら

ユリカゴノウタは魔法だ。


おれは泣きながら

その場でくずれるようにして眠っていた。

夢うつつ、兄は何を思ったか、「ベンキョばっかしてねえでちゃんと寝ろよな」と声をかけて、おれの頭を撫でて、おれの背中をさすってくれていたみたいだった。

夢うつつ、おれは何を思ったか、そんな兄に抱きついていたみたいだった。




(しかし、数時間後、タイル貼りの床に放置されていたおれが目覚めたときにまず見たものは、

 完成した白玉をどんぶりいっぱいに持って微笑む、おそろしい死神の姿だった)
















頭もそれほどよくない兄だけど、

その一年後、兄は歌手になっていた。

頭はけっこういいと自負するおれだけど、

なぜだか、

ゆくゆくは兄のマネージャーとなるべく兄の事務所にバイトとして入り、それなりに頑張っている。

(志望していた大学は兄の「忙しいんだからやめろ」の一言で諦めた)

(マネージャーって四大卒じゃないとだめなんじゃないの、と食い下がったが、

 和也じゃないと使い勝手が悪いからとか兄がほざいたおかげで事務所の社長はいとも簡単に折れた)

(それというのも、兄が一年間でアルバムシングル合わせて新人としては異例のセールスを上げてしまったからだ)


「使い勝手」がいいおれは、兄の圧力にもちろん負け、

この人格破綻者と同じ人生を歩むことになってしまった。









「週一!それ以上は無理だよ!」

「ざけんな、おれさまが週三つったら週三なんだよッ学習しろアホが!」

「仁兄のセックス狂・・・」

「だから、てめーごときがおれの名前呼んでんじゃねえよ!」




そして今日も兄は、よくわからないところでキレている。






























改めて文才が欲しい